新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

征くぞ、旭日の彼方まで

 昨日の記事でタルサ=ドゥームの話をしたが、彼がロバート=E=ハワードの作品に再登場することはなかった。だがハワードの遺した断章をリン=カーターが補って完成させた"Riders Beyond the Sunrise"ではカルとタルサ=ドゥームの因縁の決着が語られている。まずは断章のほうから紹介させていただこう。
 ヴァルーシアの大王カルのもとに、首席顧問官のトゥから報せがもたらされた。ファナラの女伯爵ララ=アが情人のフェルガーと駆け落ちしたというのだ。色事など俺の関知するところではないとカルは片づけようとしたが、フェルガーはカルに向けて挑発の言葉を残していった。
「由緒ある玉座を簒奪した蛮族の豚に伝えよ。いつの日か私が帰還したら奴に女のなりをさせ、我が凱旋の行列に加えてやるとな」
 カルは激昂し、自らフェルガーを追い詰めて成敗することにした。彼はトゥに国事を任せ、300人の近衛隊を率いて出発する。ピクト最強の戦士にしてカルの朋友であるブルールと、近衛隊の副司令官を務めるレムリア人ケルコールもカルに同行した。ケルコールは沈着冷静な真の勇士で、カルから厚く信頼されているが、ヴァルーシア人でないものは司令官になれないという規則のせいで昇進が頭打ちになっている。
 東へ、東へ――カルに率いられた軍勢は進んでいく。いつしか彼らは隣国ザルファーナを通り抜け、平原の国グロンダルに至った。領内を通行するなら身の安全は保証しないとグロンダル人は威嚇したが、カルの強さを知っているので手出しはしてこない。
 どうしてフェルガーへの報復にそこまで拘らなければならないのか、カル自身にもよくわからなかった。おそらく俺は宮廷での日々に飽き飽きしていたのだろうとカルは思い、そこから抜け出す機会を与えてくれたフェルガーに危うく感謝しそうになるほどだった。
 長い行軍の果てにグロンダルの平原もとうとう尽きた。カルたちの前には大河が横たわり、その向こう岸には不毛の荒野が広がっている。そこへ現れたのは一人の老人だった。着ているものはぼろぼろだが、その姿は力強く王侯のような威厳がある。若い男女連れなら前の日の夕刻に自分が川を渡してやったと老人はいった。
「この川の名はスタグスという。わしはカロン、この川の渡し守よ」
 このカロンが後に神格化され、黄泉の川の渡し守として今日まで名を残すのだが、そんなことなどカルは知る由もなかった。川の向こうは世界の果てであり、魑魅魍魎のうごめく地だとカロンは説明する。彼は300歳になるが、川を渡った人間が生きて帰ったことは一度もないそうだった。
「かまわぬ。俺を渡せ」そしてカルは兵士たちに告げた。「ここで解散とする。後は俺一人で行こう」
「付き合わせていただきましょう」といって、ブルールがカルと轡を並べた。ケルコールも彼の後に続く。
 希望するものには離脱を認めるとケルコールは部下たちに申し渡すが、彼らは微動だにしなかった。
「諸君は漢であるな」というカル。彼が臣下に与える最高の賛辞だ。「征くぞ。我らの前に敵はない」
 ここでハワードは筆を擱いているが、完結した作品なのだといわれても信じてしまいそうだ。カルが世界の果てまで赴く動機は薄弱に感じられるが、生きて帰れないかもしれないとわかっていながら前進を止めようとしないラストシーンには壮絶なかっこよさがある。
 これこそが大王カルの物語の最終章であり、彼は二度と戻ってこなかったのではないかと不安になるが、ケルコールは"By This Axe I Rule!"にも登場する。そちらでの肩書きは近衛隊の司令官となっているので、この断章は"By This Axe I Rule!"よりも前の話という位置づけなのだろう。
 そこでハワード&カーターの"Riders Beyond the Sunrise"である。カロンの名前が出てこず、渡し守の老人が名無しになっているといった意味不明な改変がある作品なのだが、川を越えた先で待ちかまえていたフェルガーの正体が大魔道士タルサ=ドゥームだったということになっている点で注目に値する。
 カルはタルサ=ドゥームと一騎打ちを行い、敵の力を吸い取る魔剣に苦しめられたが、ケルコールの助言によって勝利を収めた。その功績によってケルコールは司令官に昇進したのだ。"Riders Beyond the Sunrise"は1967年に発表され、1980年にDAWブックスから刊行されたLost Worldsに再録された。その後は長らく忘れ去られていたのだが、今年ゲートウェイから電子書籍で復刊されている。

Lost Worlds (English Edition)

Lost Worlds (English Edition)