新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

地上の男

 ロバート=E=ハワードに"The Man on the Ground"という短編がある。「老ガーフィールドの心臓」や「鳩は地獄から来る」と同じく南部の怪奇譚に分類される作品だ。邦訳はないが、原文はプロジェクト=グーテンベルク=オーストラリアで公開されている。
gutenberg.net.au
 カル=レイノルズとエサウ=ブリルの確執はテキサスにしては珍しく長年に及んでいた。ケンタッキーの山の中では一族同士の抗争が世代を超えて続くこともあるが、南部の人間の気質は早めに片をつけることを好むのだ。だがレイノルズとブリルの場合は例外だった。親族や友人がまったく関わらない二人だけの争いで、どうして彼らが憎み合うようになったのかは本人たちにもわからなかった。
 互いに命を狙い続けた結果、レイノルズの胸には肋骨まで達する傷がつき、ブリルの片眼は潰れてしまっていた。そして今、二人は荒野でそれぞれ岩陰に身を潜めながら銃を構え、相手の息の根を止めようとしていた。
 決闘が始まってから1時間以上が経過し、容赦なく照りつける太陽のせいでレイノルズは汗まみれになっていた。もはや憎悪は彼の一部――というより憎悪が彼を覆っていた。飛んでくる銃弾に当たるまいとするのも命が惜しいからではなく、宿敵の手にかかって死ぬことに耐えられないからだった。逆に、ブリルを自分より3秒早くあの世に送るためなら、レイノルズは平然と命を投げ捨てただろう。
 15分ほど、どちらの側からも銃声は聞こえなかった。ガラガラヘビが岩の間でとぐろを巻いて陽光から毒を吸収するように死を漲らせ、二人は地べたに伏せたまま機会を窺っていた。張り詰めた緊張の糸が切れるのはどちらが先かという我慢比べだった。
 とうとう痺れを切らしたブリルが身を乗り出して発砲し、すかさずレイノルズは撃ち返した。怖ろしい叫び声が上がったので、命中したのは確かだった。レイノルズは躍り上がって喜んだりはしなかったが、思わず頭をもたげてしまった。彼はすぐさま本能的に身をかがめたが、そのときブリルの銃弾が飛んできた。
 だが、その銃声はレイノルズには聞こえなかった。同時に何かが彼の頭の中で弾け、赤い火花を散らしたかと思うと彼の意識を真っ暗闇の中に沈めてしまったのだ。
 暗闇だったのは束の間で、気がつくとレイノルズは地面に横たわっていた。このままでは敵に狙い撃ちされてしまう。傍らに転がっていた銃を彼はひっつかみ、近づいてくるブリルを撃とうとしたが、相手の態度があまりにも奇妙だったので一瞬だけ躊躇した。機先を制して発砲するでもなく、飛び退いて物陰に隠れるでもなく、ブリルはまっすぐ歩いてくるばかりだったのだ。まるでレイノルズの姿が見えていないかのようだった。
 それ以上は理由を考えようとせず、レイノルズは引き金を引いた。狙い過たず銃弾はブリルの胸に命中した。ブリルは最後の最後まで戦い続ける男であり、息絶える瞬間まで銃を撃ちまくるかと思いきや、信じられないという顔でゆっくりと仰向けに倒れた。その死顔には愚かしい驚愕の表情が張りついている。見るものを宇宙的恐怖で戦慄させる表情だった。
 レイノルズは銃を地面に置いて立ち上がった。彼の視界は霞んでおり、空や太陽までもが非現実的に感じられた。だがレイノルズは満足していた。長年の争いはついに終わり、彼が勝利を収めたのだ。
 そのときレイノルズは眼を疑った。ブリルの亡骸から数フィートしか離れていないところに別の死体が転がっているのだ。二つ目の死体には見覚えがある――レイノルズ自身の姿だ。自分自身の死体を見下ろしているのだと理解した瞬間、レイノルズのもとにも真の忘却が訪れたのだった。
 戦っていたのは死人だったという落ち。憎悪を擬人化したようなキャラクターだ。この作品の初出はウィアードテイルズの1933年7月号なのだが、この号には「蝋人形館の恐怖」「魔女の家の夢」「ウボ=サスラ」が掲載されていてクトゥルー神話が豊作だ。ハワードは1933年6月15日付のラヴクラフト宛書簡で「魔女の家の夢」と「蝋人形館の恐怖」を称賛し、『無名祭祀書』に言及してくれたことにお礼を述べているが、自分自身の作品のことは何も語っていない。