新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

墓場の鼠

 一昨日*1に続き、ロバート=E=ハワードの創造したダーティヒーロー・スティーヴ=ハリソンの話である。ハリソンを主役とする作品のひとつに"Graveyard Rats"があり、これまた現在では公有に帰しているのでウィキソースで読める。初出はスリリング=ミステリーの1936年2月号だ。
en.wikisource.org
 ウィルキンソン家はジョン・リチャード・ピーター・ソールの四人兄弟。長兄のジョンが宿敵のジョエル=ミドルトンに射殺されたので、ピーターが都会からハリソンを呼んできた。真夜中、3日前に埋葬されたはずのジョンの頭部がマントルピースの上に置いてあるのを目撃したソールは発狂してしまう。
 暴れているソールを拘束した後で、リチャードとピーターは言い争う。ウィルキンソン家の兄弟は互いに憎み合っているのだ。おまえがジョンの頭を切断してソールに見せ、彼が狂うように仕向けたんじゃないのかとリチャードはピーターにいった。ワイルドリバーにあるウィルキンソン家の地所を石油会社に貸与することに反対しているのはピーターだけだからである。
「俺が反対する理由はわかってるだろう」とピーターはいった。「石油を掘ったりしたら、もう作物は育たなくなってしまうんだぞ──石油みたいな危なっかしい賭と違って、確かな利益を生んでくれる作物がな」
「おまえはそういっているがな」とリチャードは言い返す。「それが口実に過ぎないとしたらどうだ? 兄弟が一人残らず消えてしまえば、石油の儲けは独り占めにできるもんな……」
 とりあえず、ジョンが埋葬されている墓地を検分させてほしいとハリソンは口を挟んだ。ピーターがハリソンを墓地まで連れて行く。ピーターによると墓地にはおびただしい鼠が住み着いており、そいつらは邪悪な死霊の化身だという先住民族の言い伝えがあるそうだ。
 ハリソンとピーターが乗ったT型フォードが道を走っていくと、助けを求める叫び声が聞こえた。血まみれの老人が倒れている。彼はジョアシュ=サリヴァンといって、ジョエル=ミドルトンの友人だった。
「わしはジョエルに会ってきたのじゃ」と老人はいった。「ジョンの首の話をしてやろうと思ってな──」
「ジョエルはどこに隠れているんだ?」とハリソンは問い質した。
「わしから聞き出すことはできんぞ!」といって、ジョアシュ=サリヴァンはピーターを睨みつけた。「ピーター=ウィルキンソン、兄貴の首を墓に戻しに行くところか? 夜が明ける前におまえ自身が墓に入ることにならないよう気をつけるがいいぞ! おまえの魂は悪魔のものじゃ。墓場の鼠がおまえの肉を喰らうじゃろう。死霊は夜に歩くのじゃ!」
「何のことだ?」とハリソンは訊ねた。「誰に刺された?」
「亡者じゃ! ジョエル=ミドルトンと会って帰る途中、彼に出くわしたのじゃ。狼を狩るもの、トンカワ族の長じゃ。昔、おまえの祖父が殺した男じゃぞ、ピーター=ウィルキンソン! 彼はわしを追いかけて刺しおった。星明かりで彼の姿がはっきり見えたぞ──わしが子供の頃、おまえの祖父が彼を殺す前に見たのと寸分違わぬ姿だったわい! 狼を狩るものがおまえの兄の首を墓から取り出したのじゃ! おまえの祖父にかけた呪いを成就させるために、彼は地獄から戻ってきたのじゃ。おまえの祖父は彼の一族の土地を奪うために彼を背後から撃ったのじゃろう。用心するがいいぞ! 彼の幽霊は夜に歩く! 墓場の鼠は彼の僕じゃ。墓場の鼠……」
 そう言い残すと、老人は絶命した。ジョエル=ミドルトンがジョンを殺したのは、ジョンが彼の土地をだまし取ったからである。しかもウィルキンソン兄弟の祖父は先住民族の土地を奪うために族長をだまし討ちにしたのだという。生者からも死者からも恨まれている一家のようだ。
 すっかり怖じ気づいてしまったピーターを急き立てて、ハリソンは墓場に着いた。ジョンが埋葬されている区画にいってみると、地面はかちかちに固まったままで、掘り起こされた形跡など微塵もない。これでは、棺の中からジョンの首を取り出すことなど不可能だ。
「本当だったんだ!」とピーターはわめいた。「狼を狩るものが戻ってきたんだ! 地獄からやってきて、墓を開けもせずにジョンの首を取りだしたんだ!」
 ハリソンはピーターを落ち着かせようとしたが、ピーターは狂乱して駆け出した。仕方なくハリソンは独りで棺を検分するために墓を掘り返しはじめたが、気がつくとジョンの頭部が白骨化していた。ハリソンが墓を掘っている隙に、墓場の鼠どもが肉を食い尽くしてしまったのだ。
 ハリソンは髑髏を布で包んで墓穴の方に引き返したが、そのとき稲妻が照らし出したものは、先住民族の格好をした男がトマホークを振り上げている姿だった。ハリソンは倒れこんだ拍子に墓穴の中に落ち、したたか頭をぶつけて気を失ってしまう。
 ハリソンが意識を取り戻すと、鼠が体中に群がっていた。ハリソンは拳銃を連射して鼠を追い払い、何とか墓穴から這い出す。すると目の前にお尋ね者のジョエル=ミドルトンが立っていた。
「どうして、ここにいるんだ?」とハリソンは訊ねた。
「銃声がしたんでな。来てみたら、あんたが墓から這い出てくるところだった。あんたこそ何をしている? あんたの頭に傷を負わせたのは誰だ?」
「わからん」
「よかろう、俺にとっては同じことだ。だが俺が言いたいのはだ、俺はジョンの首など切っていないということだ。俺はジョンの野郎を殺したが、それは自業自得だ。だが、他のことはしちゃいねえぜ!」
「そうだろうな。ウィルキンソン家の誰がどの部屋で寝ているか知ってるか?」
「知らん。あの家には一度も行ったことがない」
「そうだろうと思ったぜ。ジョンの首をソールの暖炉の上に置いた奴が何者であるにせよ、そいつは知っていたんだ。最初から内部の犯行だったのさ」
 あらゆるものを喰らう鼠がうようよしている墓場でお尋ね者と向き合いながら推理するハリソン。緊迫感のある場面だ。先住民族の格好をした奴がうろついているとハリソンはジョエル=ミドルトンに告げた。
「おまえ、インディアンの幽霊なんて話を信じてるんじゃあるまいな?」とジョエル=ミドルトンはいった。
「幽霊ではないだろう。おまえの友達のジョアシュ=サリヴァンを殺せるほど実体がある奴だ」
「何だと?」とミドルトンは叫んだ。「ジョアシュが殺された? 誰にだ?」
「トンカワ族の幽霊に化けた奴にだ。ここから1マイルばかり離れた路傍に死体を寝かせてある」
 それを聞いたミドルトンは復讐を誓って姿を消し、ハリソンは毒づきながら墓場を出た。かつてウィルキンソン家が住んでいた廃屋が近くにある。ハリソンはそこで雨宿りすることにしたが、廃屋の中にあったのはピーター=ウィルキンソンの死体だった。そしてトンカワ族の長に扮した男が現れたが、その正体はリチャード=ウィルキンソンだった。
「石油で億万長者になろうと企てていたのは貴様だったか!」
「そうとも、俺だよ! 分け前をふんだくろうとする兄弟はもう一人もいないぜ──俺はあいつらのことがずっと大嫌いだったのさ!」
 内部の犯行に違いないというハリソンの推理は当たっていた。墓が掘り返された形跡がなかったのも道理、ジョンが埋葬される前にリチャードは彼の首を切断し、隠し持っていたのだ。
 廃屋に雷が落ち、火の手が上がった。リチャードは口封じのためにハリソンを殺そうとしたが、ジョエル=ミドルトンが現れて発砲し、リチャードと相打ちになる。
「これで抗争は永遠におしまいだ!」
 そういってジョエルは倒れたが、ハリソンが彼の体を抱き留める。ジョエルはすでに絶命していたが、ハリソンは彼の亡骸を抱きかかえて廃屋から脱出した。お尋ね者であり殺人犯だが、彼を撃った男よりはましな運命に値する男だ──と思ったからだ。
 背後からはリチャードの絶叫が聞こえてくる。ハリソンが振り向くと、戸口の向こうに彼の姿がちらりと見えた。その体中に無数の鼠が群がっている。リチャードの顔は肉をすっかり食い尽くされ、髑髏が剥き出しになっていた。夜空に向けて火の粉を吹き上げながら、廃屋は崩れ落ちていった。
 いささか紹介が長くなってしまったが、いかがだろうか。全編を通じて充満する凄絶な雰囲気はハワードならではのものである。また、ハリソンは頭脳よりも腕っ節で事件を解決することが多いが、この話では推理も一応している。