スカーフェイスとラヴクラフト
『暗黒街の顔役』という映画がある。アル=カポネの生き様から着想を得たギャング映画だが、原作者のアーミティッジ=トレイルはフランク=ベルナップ=ロングの知り合いで、ラヴクラフトともわずかながら縁があった。
Scarface: The Novel. The Legend. (English Edition)
- 作者:Trail, Armitage
- 発売日: 2018/09/26
- メディア: Kindle版
かつて我らが同胞たる文人たちは戦った
身は餓えても思考を富ませ
富に平伏さず 奢侈に惑わず
彼らに頭脳あり 奴隷の褒美を拒み
貧しく慎ましくとも誇り高く 気品ある筆を執る
(中略)
見よ! 見よ! かつて正直なる夢見人が挑んだところ
美と誇りの斜面を登り 地べたを離れて
転げ回る豚どもが餌を食む泥沼の上高く
天空の蜂蜜酒を得ようとしたところ
新参者の群は真逆の道へと突き進み
自由人も貪欲なユダヤ人の手に落ちる
拝金主義の作家を揶揄しているのだが、悪い意味でラヴクラフトらしい。こんな詩を書いてモートンに怒られなかったのだろうか。ちなみに、この詩をモートン宛書簡集で読みながら構文がどうしても理解できない箇所があって悩んだのだが、モオ宛書簡集のほうで確認したところ単なる誤植だった。勘弁してほしい。
ラヴクラフトは1929年11月8日付のダーレス宛書簡でもトレイルの話をしている。ラヴクラフトの手紙によるとトレイルはヴィンセント=スターレットの知人と称していたそうで、そのため1927年にスターレットとラヴクラフトを引き合わせたのはトレイルだったのではないかという仮説をヨシ&シュルツがモオ宛書簡集の前書きで披露しているのだが、これはいささか根拠薄弱に感じられる。
ラヴクラフトはよほどトレイルのことが印象に残っていたらしく、1930年1月になってから話題を蒸し返しているが、実は彼のフルネームを知らなかった。さすがにダーレスは情報が豊富で「そいつはアーミティッジ=トレイルじゃないですか?」と訊ねている。確認しておきましょうとラヴクラフトは返信したが、ダーレスとの文通でトレイルの名前が出ることは二度となかった。
トレイルは本名をモーリス=クーンズといって、1902年生まれ。Encyclopedia of Pulp Fiction Writersによると、人気作家になってハリウッドに移り住んだ後は酒に溺れ、1930年10月に心臓発作を起こして急死したそうだ。まだ28歳だった。体重が300ポンド(約136キログラム)を超えていたそうで、ラヴクラフトからも繰り返し「デブ」と呼ばれている。筆名でパルプ小説をたくさん書いていたはずなのだが、今日ではまったく知られていない。発掘しようとする人もいないのだろう。
Encyclopedia of Pulp Fiction Writers (Literary Movements)
- 作者:Server, Lee
- 発売日: 2002/11/01
- メディア: ペーパーバック