クトゥルーの出身地
1930年にウィスコンシン大学マディソン校を卒業したダーレスはミネアポリスの出版社に就職した。ミネアポリスの隣にはセントポールがあり、後にアーカムハウスの共同経営者となるドナルド=ワンドレイが住んでいた。彼は1930年11月23日付のラヴクラフト宛書簡にダーレスのことを書いている。
ダーレスにいわせると双子の都市*1はきわめて洗練されており、僕の友達はピーター=ウィフルやドリアン=グレイの卵だそうですよ。はい、はい、はい。いつだってそうなんです。彼がニューヨークのことをどう思うのか気になりますね。ダーレスが我々を洗練されていると考え、僕がニューヨークをソドムの都と見なすのであれば、ニューヨーク市民が頽廃と見なすものは一体どんな腐敗の極みなんでしょうね?
ドリアン=グレイは有名なので説明不要だろう。ピーター=ウィフルはカール=ヴァン=ヴェクテンのPeter Whiffle: His Life and Worksという長編小説の主人公だそうだが、あいにく私は読んだことがない。ラヴクラフト・ワンドレイ往復書簡集の註釈によると、ドリアン=グレイのような洗練された都会人だそうだ。
ダーレスの生まれ育ったソークシティの人口は今でも3500人に満たないが、1930年代には1000人程度に過ぎなかった。*2小さな村から出てきた彼の眼にはミネアポリスもセントポールも大都会と映っただろうが、悪徳の都であるかのようにいわれてワンドレイはおもしろくなさそうだ。ラヴクラフトは12月1日に返事を書いた。君もダーレス青年も相対的洗練の興味深い段階を表すものですね。ダーレスは君の世界を人工的かつボードレール的と考えていますが、私のように素朴な老人にしてみれば彼やソークシティですら歓楽に飽和した世紀末の地ですよ! 逆に考えれば、君にとってマンハッタンは悪徳の都でしょうが、マンハッタンは神秘のパリに学び、パリはコンスタンティノープルに恐れおののき、コンスタンティノープルは帝都ローマやアレクサンドリアやアンティオキアを振り返り、それらの都市はバビロンを振り返り、バビロンは円柱都市アイレムを振り返り、アイレムは海底都市ルルイエを振り返り、ルルイエが言及することすら憚るのはンガ=グン、ルルイエの民が地球に来る前にいた暗黒星にある地獄の都です。
洗練というのは相対的な概念だから、どこまで行っても上には上があるのだとラヴクラフトは煙に巻いているが、さらっとクトゥルーの出身地が明かされている。ンガ=グンはN'gha-G'unと綴るのだが、ラヴクラフトの他の手紙や作品で言及されたことはない模様だ。また他の作家が使用したこともない――と思いながら検索したら1件だけ使用例が見つかった。クトゥルーとダゴンの主従やおいらしい。
archiveofourown.org
なおリン=カーターの神話作品ではクトゥルーと彼の息子たち*3はゾス星系から来たことになっているが、この設定とンガ=グンは矛盾しない。ゾスは星の名前だが、ンガ=グンは都市の名前だからだ。もしもカーターがンガ=グンのことを知っていたら放っておかなかっただろうが、くだんのラヴクラフト書簡はずっとブラウン大学のジョン=ヘイ図書館に眠っており、出版されたのはカーターの没後になってからだった。
- 作者:ヴァン・ヴェクテン,カール
- 発売日: 2016/09/01
- メディア: 単行本
Letters with Donald and Howard Wandrei and to Emil Petaja
- 作者:Lovecraft, H P
- 発売日: 2019/11/22
- メディア: ペーパーバック