新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ペルトンヴィルの恐怖

 昨日に続いてリチャード=A=ルポフの作品を紹介したい。2004年に発表された"The Peltonville Horror"という短編だ。クトゥルー神話色が濃厚な話で、現在ではThe Doom That Came to Dunwichに再録されている。

 大恐慌の時代、ポールとデリアはドライブを楽しんでいた。二人は若く愛し合っているのだが、空前絶後の不況の最中とあっては結婚もままならない。道は霧深く、あられ混じりの雨が降ってきた。宵闇の中に赤く輝く点がいくつも見えたとデリアはポールにいった。
 道路沿いに酒場を見つけた二人は食事をすることにした。クリストポロスという名のバーデンターが彼らに話しかけ、嵐で橋が決壊してしまったと教えてくれる。引き返せない以上、先に進むしかない。ペルトンヴィルまで行けば宿屋もあるだろうとポールは考えた。
 ペルトンヴィルを通るなら用心したほうがいいとクリストポロスは忠告する。ペルトンヴィルにはユダヤ教徒が大勢いたのだが、あるときラビを追放してシナゴーグを乗っ取った者がいた。そのときを境に、まともな信徒は町から逃げ出してしまったという。それでも他に手立てがないので、ポールとデリアはペルトンヴィルに向かった。
「部屋を二つ取れるといいんだが」というポール。将来を誓い合った仲なのに、結婚するまでは寝室も別々だ。この辺が時代を感じさせる。
 果たせるかな、ペルトンヴィルの町は寂れ果てていた。宿屋は見つかったものの、営業している気配がない。灯りがついている建物がひとつだけあったので、ポールとデリアは休ませてもらおうと立ち入った。そこは礼拝堂らしく、人々が集まっている。床には六芒星があり、その中央に描かれているのは触手に覆われた魔神の頭部だった。どう見てもクトゥルーだ。
 ポールとデリアは邪教徒に捕まってしまった。祭司は手の代わりに鉤爪があり、その周りでは触手がのたくっている。赤く輝く星が上空に現れた。デリアが見たのと同じものだろうが、それは星などではなく巨大な魔物の眼だった。
 祭司はポールとデリアを魔物に捧げようとするが、そのときクリストポロスが礼拝堂の中に踏みこんできた。彼は酒場にいたときよりも大きく、神々しく見えた。追放されたラビというのは彼のことだったのだ。邪教徒は算を乱して逃げ惑い、後には人外の祭司だけが残った。
 祭司はポールとデリアを放し、クリストポロスと戦いはじめた。取っ組み合う二人を魔物の触手が絡めとり、さらっていく。ポールはクリストポロスを助けようと彼の脚をつかんだが、酸性の粘液が滴り落ちて手を焼いた。ひるんだ隙に手が離れてしまい、魔物は祭司とクリストポロスを連れて姿を消す。自分に抗うものも、崇めるものも等しく貪り尽くすというのは実にクトゥルー神話の神様らしい。
 ポールとデリアは礼拝堂から脱出した。その直後、稲妻が礼拝堂を直撃した。ガスに引火したらしく、建物は炎に包まれる。二人は自動車に乗り、次の町を目指すことにした。今度こそ安全な宿屋が見つかるに違いない。
「そこに泊まることにしよう」とポールはいった。「部屋がひとつしかなくても」
「私たちに必要な部屋はひとつだけよね」とデリアはいうのだった。
 恋人たちが絆を再確認したところで終わっているが、単純なハッピーエンドではなく、やや苦みを感じさせる余韻がある。なお、自分がこの作品を書いたのはジム=ハーモンの依頼によるものだったとルポフは後書きで明かしている。 ハーモンの作品では「シカゴのあった場所」*1が邦訳されているが、彼はまたラジオドラマにたいそう造詣の深い人でもあった。この"The Peltonville Horror"も往年のラジオドラマを彷彿とさせることを意図して書かれたというが、なるほど朗読すれば非常に雰囲気が出そうだ。