謎のメキシコ土産
ラヴクラフトがダーレスに宛てて書いた1936年10月24日付の手紙から。
奇怪な物品の話でしたら――先日サンフランシスコ在住の人物から興味深いお便りをもらったんですよ。どうやら学識のある人らしく、スチュアート=モートン=ボランドという名前です。図書館の司書だそうで、世界中を旅行してはブダペスト・マドラス・ボンベイなどの場所で『ネクロノミコン』のような秘奥義書の研究をしているということです。私が『ネクロノミコン』の話をする根底には何かしらの真実があるのかもしれないと考えている人なので、拙老がガチガチの物質主義者だと知ったら失望してしまうでしょうね。でも私は失望させるにしても親切であろうとしているところです。なぜなら彼はきわめて愉快な碩学で、最近メキシコに旅行したときテオティワカンの太陽のピラミッドで手に入れた不思議な物体を私に送ると約束してくれたからです。そういうことなら大歓迎ですよ。私の私設「博物館」には中央アメリカ由来の品がもう5点も収蔵されているのですから――マヤ初期の像が二つ、アステカの粘土像が一つ、アステカの鉢が一つ、陶製のアステカの暦石が一つです。
ボランドが約束した品物がどういうものだったのかは不明だが、ラヴクラフトはその価値にはあまり期待していなかったようで、1936年10月13日付のホフマン=プライス宛書簡では「現地人が観光客向けに作った土産物かもしれませんけどね?」と述べている。
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ボランドは1909年生まれだとあるので、ダーレスと同い年ということになる。カリフォルニア大学サンフランシスコ校を卒業後、サンフランシスコの公立図書館に勤めていたそうだ。"Interlude with Lovecraft"と題するエッセイをThe Acolyteの1945年夏季号で発表している。
ボランドからの贈物のことをラヴクラフトはいろいろな友人に知らせていたらしい。その話をおもしろがったC.L.ムーアは、1936年10月24日から12月15日まで2カ月近くかけて書いた超長文のラヴクラフト宛書簡でその件に言及している。
その贈物が量販店の土産物だと判明しなければよいのですが、本物だとしても先生を滅ぼす深淵の恐るべき呪いなどかかっていませんように。私にはサーストン=トーベットというテキサス在住の文通相手がおります。REH*1の友人なのですが、オカルトの本からの引用で私を楽しませてくれました。その本によると、私たちが想像する怖ろしい事物にはすべて実在の由来があるそうで、さもなければ私たちはそれらを描き出せないだろうというのです。逆に考えれば、Cthulhu(綴りは正しいでしょうか?)やシャンブロウを執筆することで私たちはそれらに朧気な生命を与えているはずで、先生もしまいには御自身の発明の犠牲者になってしまわれるでしょう。ある日の朝、先生が床の上で黒い腐敗した塊になっていて、旧き神々が先生を破滅させるべくボランドを通じて送りつけた「奇妙な物体」が溶けかけた手にまだ握られているのを叔母様が発見することがないようにと祈るばかりです。
これだけでクトゥルー神話小説がひとつ書けそうだ。ちなみにムーア自身もボランドと文通しており、フランスの画家コローに関する本を彼からもらったことがあるという。ムーアの小説はまるでコローの絵のようだとボランドは評していたそうだ。
*1:ロバート=E=ハワードのこと。ハワードの訃報をムーアに伝えたのはトーベットだった。