新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

恐怖のアイスクリーム

 昨日に続き、C.L.ムーアが1936年10月24日から12月15日にかけて書いたラヴクラフト宛書簡から引用する。話題は多岐にわたっているのだが、アイスクリームのことも書いてあった。

先生がそこまでアイスクリームに耽溺しておられると伺い、私は激しい衝撃を受けております。アイスクリームなら何でもいいという御様子では、もはやアイスクリームなしでは生きていられない状態に急速に近づきつつあるのではないかと思います。いずれは神経が錯乱し、骨と皮ばかりになったお姿で精神病院の独房に収容されてしまうのではないでしょうか。そして、ぶるぶると震える鉤爪のような指で髪の毛を引き抜きながら、甲高い単調なお声で「アイスクリーム――アイスクリーム――アイスクリーム!」と叫ぶようになります。狡猾な魔物はそうやって犠牲者を支配するのです。一度に2クォートとは! 理性が揺らぎます。かつて1クォート食べてみようとしたことがあるのですが、アイスクリームはゆっくりと溶けて台なしになっていき、私は35セントかそこらの費用を無駄にするまいと悪戦苦闘する中で力尽きました。ですから2クォートもの量を平らげるのに、どれほどの能力が要るか私には理解できます。実際、考え直すに信じがたいほどです。そのようなことができる人間などいるはずがありません。先生が話を盛っておられるのだと証明するだけのためであっても、いつの日かプロヴィデンスへ参りましょう。私に監視されながら座って2クォートのアイスクリームを食べなければならないときが近づいているのですから、今のうちに練習しておいたほうがよろしゅうございますよ。

 楽しそうだ。2カ月がかりで書き上げた超長文を送り、仕事そっちのけのアイスクリームをするあたり、簡潔で要点を押さえた手紙をこまめに書いていたダーレスとは対照的な姿勢だと思う。
 クォートは容積の単位で、ここでは946ミリリットルに相当する。液量と乾量で大きさが異なるのだが、アイスクリームの場合は液量を用いるのが通例だ。また、ややこしいことに英国式と米国式でも異なっているが、ラヴクラフトはともかくアイスクリーム屋は米国式で計算しているだろう。したがって2クォートは2リットル弱ということになるが、なるほどムーアが怯えるのももっともだ。
 ラヴクラフトのアイスクリーム大食い伝説は有名だが、2リットルまでは本人の証言があったわけだ。だが彼の実力はその程度では収まらず、ドナルド=ワンドレイの証言に基づいて計算すると4リットル半という数値が出てくる。*1そんなに大量のアイスクリームを人は食べられるのだろうか――と思っていたら、6分間で16パイント(約7.5リットル)という記録が2017年に樹立されているそうだ。
www.foodandwine.com
 余談だが、1952年にシカゴで開催された第10回世界SF大会には珍しくもダーレスが出席し、自分が見かけたときには四つ目のパフェを平らげたところだった――とサム=モスコウィッツが"Derleth's Lament to Love"で回想している。ダーレスでもアイスクリーム2リットルくらいは余裕でいけそうだ。さらに余談ながら、このときモスコウィッツはダーレスの婚約を本人から知らされ、相手がまだ十代だと知って仰天したそうだが、それはまた別の話だ。*2