新・凡々ブログ

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3月15日に気をつけろ

 本日の記事タイトルはシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」から。The Ides of Marchすなわち3月15日はユリウス=カエサルが暗殺された日として有名だ。さて、ラヴクラフトがジェイムズ=F=モートンに宛てて書いた1930年3月15日付の手紙にはこんな追伸がある。

新しい惑星のこと、どう思いますか? 熱い話題です! たぶんユゴスでしょう!

 冥王星が発見されて大興奮のラヴクラフト。ヒポカンパス=プレスのモートン宛書簡集はこの手紙の日付を3月12日としているのだが、冥王星の発見をニューヨーク=タイムズが報道したのは3月14日だ。そのため辻褄が合わなくなってしまい、追伸だけ後から書き足したのではないかなどと苦しい註釈をつけている。
 ラヴクラフトは手紙の冒頭に"The Ides of Martinus"と日付を明記しているのだが、これを3月12日と解釈する誤りがどうして生じたのか。実は先行するアーカムハウスラヴクラフト書簡集が3月12日としており、ヒポカンパス=プレス版もその間違いに引きずられてしまったのだろう。S.T.ヨシがこんなところでダーレスの解釈を鵜呑みにしているとは思わなんだ。

Letters to James F. Morton (English Edition)

Letters to James F. Morton (English Edition)

Selected Letters: 1929-1931 (Selected Letters, 1929-1931)

Selected Letters: 1929-1931 (Selected Letters, 1929-1931)

 ヒポカンパス=プレスの書簡集はすばらしいのだが、アーカムハウスのものより常に優れているとは限らない。たとえば、ダーレス・スミス往復書簡集にスミスの1933年8月29日付の手紙が収録されており、次のような記述が見られる。

あと二つ「ジースラ」とThe Madness of Chronomageを書き上げれば、未来大陸ゾティークを扱ったシリーズは全部で6万語になります。架空の地理と年表に関する短い覚書をつけてまとめるのもいいかもしれません。アヴェロワーニュのシリーズも1冊の本にするには2編ほど足りていません。ヒューペルボリアとアトランティスの物語は半ば完成といったところです。これらの物語はすべて上質紙に印刷し、ちゃんと装丁してやりさえすれば、ダンセイニやキャベルにも決して引けをとらない立派な文学作品として通用するだろうと思っています。

 "The Madness of Chronomage"はスミスの構想では「王が幻影を見るが、他の者には見えない。困窮した王はその幻影の中に消え去る」という話になる予定だったが、実際に執筆されることはなかった。*1それはさておき「ダンセイニやキャベルにも決して引けをとらない」の箇所は原文では"in wise inferior to Dunsany or Cabell."となっている。"in wise"では意味が通らないので、これはアーカムハウスのスミス書簡集にある"in no wise"が正しいだろう。スミスの気概を示す痛快な文章なのに、えらく締まらないことになってしまった。
 ヒポカンパス=プレスから新しいのが出たからといってアーカムハウスの書簡集が用済みになるわけではなく、時には照らし合わせる必要もあるようだ。ちなみにスミスの手紙はアーカムハウス版もヒポカンパス=プレス版もデイヴィッド=E=シュルツが編集しているのだが、もしかして相棒がスコット=コナーズからS.T.ヨシに交代したことが劣化の原因だったりするのだろうか。

The Selected Letters of Clark Ashton Smith

The Selected Letters of Clark Ashton Smith