クラーク=アシュトン=スミスの"The Dead Will Cuckold You"を日本語に翻訳してみた。
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これはゾティークを舞台にした戯曲で、執筆中であることをスミスは1951年2月22日付の手紙でダーレスに知らせている。4月15日、完成した作品がダーレスのもとに送られたが、このときスミスは原稿をシングルスペースで清書していたそうだ。出版社に送る清書稿はダブルスペースにするのが慣例なので、スミスは発表できるとは期待していなかったのだろう。
折しもアーカムハウスはThe Dark Chateau and Other Poemsと題するスミスの詩集を刊行しようとしていたが、"The Dead Will Cuckold You"を読んだダーレスは収録を見合わせると1951年5月18日付の手紙でスミスに伝えた。収録作を詩だけで統一したいからというのが理由だった。
その後スミスはマイケル=デアンジェリスという人物に清書稿を渡したが、手許に残しておいた肉筆原稿の一部が焼失するという災難に見舞われた。原稿を復元するのは大変しんどい作業なのでデアンジェリスから清書稿を取り戻したいのだが、消息不明になっている彼の連絡先がわかるようだったら教えてほしいとスミスは1956年7月3日付の手紙でダーレスに頼んでいる。しかしダーレスもデアンジェリスの居場所を知らず、どうやらスミスは自力で作品を復元しなければならなかったらしい。スミスの没後、1963年になってジャック=L=チョーカーが"The Dead Will Cuckold You"を出版した。
- 作者:クラーク・アシュトン・スミス
- 発売日: 2009/08/30
- メディア: 文庫
この戯曲の第4場でソメリスと会話するガレオルは本物の彼なのか、それとも魔物がよほど上手に演技していたのかは明言されていない。王妃がイリロトの名を唱えた後では、それまで「亡者」となっていた人物名が「ガレオル」に変わるので、おそらく前者なのだろう。だが、そうだとすれば淫魔の誘惑に屈しなかったソメリスも真正の愛とともに破滅を受け入れたことになり、スミスらしく皮肉の効いた結末だと思う。ヨロズにおけるイリロト信仰は暗鬱な傾向が強いというのも、人々が自由に愛し合うことを許されない地では愛が犠牲を伴いがちであることを指しているのではないか。
クトゥルー神学の観点からイリロトは少し興味深いが、ボイド=ピアソンの作品目録によると"The Dead Will Cuckold You"にしか出てこない。*1一方、作中で何度か言及されるササイドンはゾティークの物語においてお馴染みの魔神だ。ゾティークの黒魔術師の中には「暗黒の偶像」のナミラハのように力に溺れて破滅した者もいるが、ナタナスナはうまくやっているように見える。ササイドンに仕えるからには、その辺の見極めが重要なのだろう。