新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

北極星の赤色世界

 クラーク=アシュトン=スミスに"The Red World of Polaris"という作品がある。鋼鉄の精神をもって宇宙を征くヴォルマー船長の物語で、スミスは1930年の夏にカリフォルニアの山々を旅行している間に書き上げたものだ。約1万3000語の長さがあり、スミスの小説としては最長の部類に入る。
 ワンダーストーリーズに連載されていたヴォルマー船長シリーズのひとつとして書かれた作品だが、どの雑誌にも連載されずにスミスの手許で眠り続け、彼の死後は21世紀まで行方知れずになっていた。いわば幻の名作だが、スミスが"The Red World of Polaris"の原稿を渡した相手がニューヨーク在住のマイケル=デアンジェリスなる人物であることだけは判明していた。デアンジェリスはこの作品を自分の同人誌に掲載しようと計画していたのだが、結局は果たせずじまいに終わった。その後デアンジェリス自身も消息不明となってしまったのだが、彼と一緒に同人誌を発行していたアラン=H=ペセツキーと連絡をとることにロン=ヒルガーが成功し、ペセツキーがヒルガーに原稿を提供したことで日の目をようやく見たそうだ。時に2003年5月のことだった。

Red World of Polaris

Red World of Polaris

 私が持っているのは2004年にナイトシェイド=ブックスから刊行されたハードカバー版だが、その後スミス作品集の2巻に再録されている。いま読むなら、こちらのほうがいいだろう。
 宇宙船アルシオネ号が北極星に接近していくところから物語は始まる。ヴォルマー以外の乗員は誰も知らなかったが、北極星は彼の憧れの星であり、そこに到達することは彼の夢だった。北極星の周りを回っている赤い惑星の大気圏に突入したアルシオネ号は未知の力に捕らえられて脱出できなくなり、そのまま強制的に着陸させられてしまう。その惑星を支配していたのは機械の身体を持つ知的生命体で、アルシオネ号を拿捕したのも彼らだった。彼らは生身の肉体を捨て去ることによって老いを克服し、惑星の環境を完全に制御できるほど高度な科学・技術を持っていたが、そんな彼らにも深刻な悩みがあった。狂った科学者が作り出した不定形の生物マームが地底に巣くい、赤い惑星を内側から食い荒らしていたのだ。
 赤色世界の元首はヴォルマーたちも機械の身体に改造しようとし、アルシオネ号の乗員と機械化人の間で睨み合いになるが、その最中にマームが地底から襲撃してくる。崩壊する都市を駆け抜けてアルシオネ号に辿り着いたヴォルマーたちは間一髪のところで発進に成功した。再び旅立った彼らの眼下ではひとつの惑星が潰え去っていった。
 自らの身体を機械に作り替えてでも生き延びようとする赤色世界の住人たちは光瀬龍の作品を想起させる。必ずしもスミスの最高傑作ではないとドナルド=シドニー=フライヤーは評しているが、あらゆるものを喰らうマームによって穴だらけにされた惑星が内側から崩れていくクライマックスのすさまじさには唸らされた。
 ところで、惑星を食い荒らすマームは「銀の鍵の門を超えて」のボールを思わせるが、ラヴクラフトが「銀の鍵の門を超えて」の執筆に着手したのは1932年10月なので"The Red World of Polaris"のほうが先行している。のみならずラヴクラフトは1930年9月に"The Red World of Polaris"の原稿をスミスから送ってもらい、読んでいた。変装した異星人が人間社会に紛れこんでいるという案をラヴクラフトは同時期にスミスから提供され、そこから「銀の鍵の門を超えて」の着想を得たとされているが、もしかしたらマームの描写も影響を与えているのかもしれない。*1