発見した男
アルジャーノン=ブラックウッドにはThe Wolves of God and Other Fey Storiesという作品集がある。1921年にE.P.ダットンから刊行されたもので、現在では公有に帰しているためプロジェクト=グーテンベルクで読むことが可能だ。
www.gutenberg.org
収録されている作品は以下のとおり。
- 神の狼
- 中国魔術
- ランニング・ウルフ
- 宿敵
- 転生の池
- 獣の谷
- The Call
- Egyptian Sorcery
- 囮
- The Man Who Found Out
- 片袖
- 錯視の怪*1
- 打ち明け話
- The Lane That Ran East and West
- 復讐するはわれにあり
四つの短編が未訳のままだが、そのうち"The Man Who Found Out"を紹介させていただこう。宇宙の秘密に触れてしまった学者の話で、初出はThe Canadian Magazineの1912年12月号だそうだ。"A Nightmare"と副題がついている。
マーク=イボア教授は高名な生物学者であり、同時にピルグリムという筆名で神秘主義の本を数多く書いていた。楽観的な筆致で人々を勇気づけるピルグリムの著作は好評を博していたが、著者の正体がイボア教授であることを知っているのは出版社と助手のレイドロー博士だけだった。
自分は若い頃から不思議な夢を見ているとイボア教授はレイドロー博士に語った。砂漠の下から「神々の銘板」を見つけ出して解読し、すばらしいメッセージを世界の人々に届ける夢だ。この会話の中で教授は「世界最高のマッチであっても、まず灯芯をしっかり作らなければ蝋燭に火はつかない」といっているが、いい言葉だとは思うものの話の本筋には関係がない。
かつてカルデア王国があったアッシリアの地まで教授は神々の銘板を探しに出かけていった。9カ月後に帰国した教授は銘板の発掘と解読を成し遂げていたが、快活で楽観的な性格は失われてしまっており、銘板に何が記されていたのか発表することもなかった。彼は著作を回収し、研究も止めて2年後に世を去った。遺産はレイドロー博士が相続することになったが、可能ならば銘板を破壊せよというのが教授の遺言だった。
レイドロー博士は悲しみに沈みつつ後始末をし、1カ月が経った。教授の遺品の中には銘板があり、外観から判断するに材質は石のようだったが、手触りは金属のようでもあった。摩耗しかかった象形文字とおぼしきものが表面に刻まれていたが、レイドローには読むことができなかった。だがイボア教授は英訳も遺していた。
英訳を読み通したレイドローは顔色を変え、5分ほど石化したかのように立ち尽くしていた。ようやく我に返った彼は、訳文が書かれた紙を焼き捨てる。そして炉棚に飾ってあった杖を手に取って時計を打ち砕き、奇妙にも平静な声でいった。
「嘘つきの声は永遠に沈黙しておけ。時間などというものは存在しない!」
レイドローは懐中時計も壁にたたきつけて破壊し、その残骸を持って実験室に行くと骨格標本にぶら下げた。
「紛い物同士でつるみ合っていろ」彼は奇妙な笑みを顔に浮かべた。「おまえらはどちらも迷妄、酷薄で不実だ!」
レイドローはイボア教授の蔵書や著作を次々と窓から放り出した。
「悪魔の夢! 悪魔の愚かしい夢だ!」
壁には東洋の刀や槍が飾ってあり、レイドローは自殺しようとしているかのように指で刃に触れる。だが考え直して外出し、催眠術の権威である知人のアレクシス=スティーヴンに会いに行った。過去2時間にあったことを完全に忘れさせ、死ぬまで思い出さないようにしてほしいとレイドローに頼まれたスティーヴンは彼に催眠術をかける。効果は覿面で、レイドローは神々の銘板のことをすっかり忘れてしまった。
レイドローが帰宅すると、家政婦のフューイングス夫人が騒いでいた。何者かが押し入って部屋の中を荒らしたというのだが、それが自分自身の仕業であることを博士は思い出せず、銘板もゴミに出してしまった。紙を焼いた灰が窓枠に積もっているのを彼は何気なく吹き払い、灰は風に乗って木の梢まで飛んでいった。
www.tor.com
Tor.comの記事で取り上げられているが、やはりクトゥルー神話との親和性が指摘されている。だがカルデアの遺宝が明かした宇宙の真理が何だったのか考察しようにも手がかりが少なすぎ、狐につままれたような読後感が残るというのが正直なところだ。この手の話は説明しすぎれば興醒めだし、説明が足りなければ焦れったいが、その点ラヴクラフト先生は匙加減がちょうどいいとはC.L.ムーアの弁である。
なお"The Man Who Found Out"も含め、The Wolves of God and Other Fey Storiesに収録されている作品は当初ウィルフレッド=ウィルソンなる人物とブラックウッドの合作ということになっていた。マイク=アシュリーの評伝によるとウィルソンはブラックウッドより六つ年下の親友で、若い頃の旅の相棒だったそうだ。ブラックウッドは最晩年までウィルソンと交流があったという。ただしウィルソンは執筆にはまったく関与していないそうなので、厳密にいえば原案協力者だろう。