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『マニトウ』余話

 『マニトウ』はグレアム=マスタートンの長編小説だ。1978年にヘラルド映画文庫から邦訳が出たが、現在では入手困難となっている――と書いてみたものの、私も邦訳は読んだことがない。一方、原書は電子書籍で復刊されており、安く買うことができる。
 カレン=タンディという若い女性の首に腫瘍ができ、その腫瘍には何と胎児が宿っていた。ネイティブアメリカンの大呪術師ミスクアマカスが白人に復讐するべく甦ろうとしていたのだ――という話なのだが、ミスクアマカスという名前はラヴクラフト&ダーレスの『暗黒の儀式』が元ネタだ。マスタートンはHorror: 100 Best Booksで『暗黒の儀式』のことを次のように語っている。

 しかしながら邪神ヨグ=ソトースの他にも、忘れがたいほど不穏な設定が本作にはたくさん出てくる。ビリントンの森の書斎にある色付きガラスの窓からは、恐るべき異界の光景が垣間見える。鮮やかに作り上げられた仮構の文書や書簡や日記は、人ならざる姿をした魔物の到来を語る。森の中に建てられた不気味な塔は、邪神の潜む戸口なのだ。
 だが個人的な理由から、この小説に登場するものたちの中で私がもっとも気に入っているのはインディアンの呪術師ミスクアマカス、私の最初のホラー小説でマニトウとなった人物だ。彼と旧支配者の関係を曖昧にほのめかしていく文章は本作のもっとも恐るべき楽しみのひとつだ。ヨグ=ソトースよ久しく沸騰したまえ。

 『暗黒の儀式』の文章は長々しい書き方であっても気取らず優雅であり、昨今のホラー作品の自意識過剰な饒舌さとは大違いだとマスタートンが称賛しているのも興味深い。ラヴクラフトとダーレスの合作とはいっても、5万語のうち4万8800語はダーレスが書いたものなので、実質的にはダーレスの文章に対する評価ということになる。気取った文章はよくないとラヴクラフトも1927年12月上旬*1のダーレス宛の手紙で戒めているが、ダーレスは長じて彼の教えを実践できたというべきか。
 『マニトウ』は映画化もされて人気作となり、続編も出た。邦訳されているのは第1巻だけだが、原書は現時点で長編6冊を数えている。以下にその題名を記す。

  1. マニトウ
  2. Revenge of the Manitou
  3. Burial
  4. Manitou Blood
  5. Blind Panic
  6. Plague of the Manitou

 これらの他にThe Djinnという作品がある。ミスクアマカスは絡んでこないのだが、〈マニトウ〉シリーズと同じくハリー=アースキンが主人公なので外伝と見なして差し支えないだろう。
 ところで『マニトウ』には実は異稿が存在する。原作でも映画でも電子計算機の神霊を招喚してミスクアマカスに対抗するという奇天烈な展開になるのだが、当初の構想はそれとは違うものだった。作者の公式サイトで初期稿が公開されている。
www.grahammasterton.co.uk
 カレンはベトナム帰りの婚約者から悪性の淋病をうつされており、耐性のないミスクアマカスは復活するなり死んでしまうという結末。あまりにも地味すぎるから、もうちょっと主人公を活躍させてほしいと編集者にいわれたマスタートンは原稿を書き直したそうだ。

The Manitou (English Edition)

The Manitou (English Edition)

*1:アーカムハウスラヴクラフト書簡集による。ヒポカンパス=プレスのラヴクラフト・ダーレス往復書簡集では1927年11月の金曜日(11日もしくは18日)となっている。