新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

マニトウ外伝・霊魔の壺

 昨日の記事で紹介したとおり、グレアム=マスタートンにはThe Djinnという長編がある。『マニトウ』と同じくハリー=アースキンが主人公の外伝作品で、1977年に刊行された。〈マニトウ〉シリーズの1巻は1975年、2巻は1979年に発表されたので、その中継ぎという位置づけになる。
 ハリーの名付け親であるマックス=グリーヴズが自殺し、その葬儀にハリーが参列しているところから物語は始まる。マックスの未亡人マージョリーはハリーに奇妙な話をした。マックスが蒐集していた美術品のうち、中東から持ち帰った壺を屋敷ごと焼き払うことを彼が望んでいたというのだ。
 アンナ=モデナと名乗る美女がハリーの前に現れた。イラン政府に雇われ、マックスの壺の鑑定と購入が目的でやってきたのだという。屋敷の庭にある日時計をみたアンナは愕然とした面持ちになった。これは魔術に使われる装置で、日時計ならぬ夜時計と呼ばれるものだと彼女はハリーに説明する。マックスの奇怪な遺言の裏には何が隠されているのか、ハリーとアンナは中東文化の権威であるゴードン=クオルト教授の協力を仰いだ。
 明らかになった壺の来歴は奇想天外なものだった。アリババに仕えていた魔神が壺の中に封印されているというのだ。アリババの魔神は千夜一夜物語で語られているような牧歌的な性格ではなく、残忍非道な存在だった。強力な魔術師なら使役することもできるが、弱かったり隙を見せたりすれば人間を容赦なく餌食にしてしまう。また40もの異なった姿をとることができ、これが40人の盗賊として後世に伝わったそうだ。
 マージョリーが何かに憑かれた様子で未知の言語を呟いた。その言葉を理解できるアンナとクオルト教授が聞き取ったところ、彼女が話していたのは壺の来歴に関係する物語だった。昔々、美しい娘が暗黒教団に誘拐された。生贄の儀式で虐殺されることになった娘を助け出すため、彼女の姉妹*1が魔神と契約したという。姉妹が自らの身体を魔神に与えたにもかかわらず、美しい娘は殺されてしまった。この不可解かつ救いのないオチに黙然とする一同。
 マージョリーが死んだ。グリーヴズ夫妻の主治医だったジャーヴィス医師は遺体を確認し、恐怖のせいで死んだように見えると述べる。マージョリーの付き添いとして身の回りの世話をしていたジョンソン嬢が、自分は暗黒教団に殺害された美しい娘の姉妹の末裔だと言い出す。今日に至るまで彼女の一族は壺を探し求めていたのだそうだ。
 マックスは生きていた。自分は想像も及ばぬ富貴を得ようとして壺を入手し、封印を解除するためにソビエト連邦で夜時計を購入することまでしたが、魔神は凡人に制御できるようなものではなかったと彼は語る。魔神は手近な人間の顔を奪って顕現するため、マックスは屋敷内の本や雑誌から人間の顔写真をことごとく切り取ってしまった。そして、ついには自分自身の顔をめちゃくちゃに切り刻み、自殺を装って姿を隠したのだった。
 ジョンソン嬢が魔神を復活させようとする。壺が安置されている塔にハリーたちは突入するが、ジョンソン嬢は三日月刀を振り回してマックスを殺害した。とうとう顕現した魔神がジョンソン嬢を盛大に陵辱している隙に逃走するハリーたち。夜時計は魔神に力を与えるためのものだが、逆に奪うこともできるはずだ。だがエネルギーがすでに尽きているらしく、何も起こらなかった。
「強力な魔術師に助けを求めねばならん」とクオルト教授がいった。「アリババとか」
「アリババ来てくれえ!」
 やけくそになって叫ぶハリー。まるでギャグだが、そうこうするうちにも事態は悪化していき、アンナが魔神に殺害されてしまう。結局アリババは来てくれなかったが、代わりにマックスが現れた。土壇場で夜時計が発動し、彼に束の間の力を与えたのだ。生きている間はいいところのなかったマックスだが、死んで霊となった人間は魔神をも易々と従えることができるらしく、魔神は彼の命令で冥府へ退散する。芝生に横たわっているマックスの亡骸をハリーが見ると、その顔には傷がなく表情は安らかだった。魔神が彼に顔を返していったのだ。
 クオルト教授は足を骨折した以外は無事だった。後始末を引き受けたジャーヴィス医師により、アンナとジョンソン嬢の死は表向き豚インフルエンザによるものだったということになる。そしてアンナの職場だったイラン政府の文化事業部門にクオルト教授が手紙を書いたところ返事があり、魔神に身を捧げた娘の伝承をより詳しく知ることができた。魔神から与えられる快楽に屈した彼女は姉妹を裏切っており、その子孫が壺を探していたのも快楽を求めてのことだった――と胸糞の悪い真相が明かされて幕となるのだが、もはや唖然とするしかない。
 というわけで1970年代のホラー小説である。これ自体にクトゥルー神話の要素は見当たらないのだが、『マニトウ』の外伝であるがゆえに神話大系の一部ということになる。また、ハリーが様々な魔物に遭遇するという展開が当時は構想されていたらしいことも窺えるが、その後はひたすらミスクアマカスとの戦いが続くのだった。

The Djinn (English Edition)

The Djinn (English Edition)

*1:作中では「美しくない娘」と呼ばれている。ひどい言われようだ。