新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

イースの夢

 ドゥエイン=ライメルの"Dreams of Yith"がCthulhu Filesで公開されている。
www.cthulhufiles.com
 これも公有に帰しているということなので日本語に翻訳してみた。
www7a.biglobe.ne.jp
 "Dreams of Yith"の初出はThe Fantasy Fanの1934年6月号で、題名は「ユゴスよりの真菌」を意識したものだろう。本来は"Dreams of Yid"だったが、イドというのはユダヤ人を意味する俗語ないし侮蔑語なので、イースに変更するようラヴクラフトが助言した。内容自体にもラヴクラフトとクラーク=アシュトン=スミスの手が加わっているという。
 第4スタンザの1行目でvisneという単語が使われている。おそらくvicinityを難しく言い換えたのだろうが、それにしても意味がわからない。初出誌のスキャン画像と電子テキストをアイオワ大学図書館が公開しているのだが、visneの部分は活字が潰れて読みづらい。電子テキストでもその箇所は自信なさそうに疑問符がつけられている。仕方がないので苦し紛れに「永劫を閲して」と訳した。
diyhistory.lib.uiowa.edu
 訳していて不可解な点は他にもいくつかあったのだが、考察がTor.comにあったので参考にさせてもらった。幸か不幸か、意味がわからなかったのは私の英語力だけが原因ではないようだ。
www.tor.com
 第5スタンザに"walls of sheerest opal"が出てくる。sheerには「薄い」と「切り立った」の両方の意味があり、どちらにとるべきか悩ましい。リンク先では前者を有力視しているようだが、紙のように薄い壁の上を歩き回らなければならない不死の衛兵は不便な思いをしないだろうかなどと余計なことが気になる。敢えて後者としておいた。
 これまで邦訳されたこともなく、お世辞にも注目度が高いとはいいかねる作品だが、イースが言及されている点はやはり重要だろう。「イースの夢」という題名をラヴクラフトがライメル宛書簡で提案したのは1934年5月13日なので、同年の11月10日に執筆が始まった「超時間の影」よりも先行しており、初出と見なしてよい。
 ライメルの作品といえば"The Jewels of Charlotte"*1にもイースへの言及があるが、ラヴクラフトは1934年8月23日付のライメル宛書簡でその感想を述べている。したがって執筆順に並べると"Dreams of Yith"の次が"The Jewels of Charlotte"で、その後に「超時間の影」が書かれたことになるが、前2作と「超時間の影」があまりにもかけ離れているのが気になる。イースを大いなる種族の故地としたとき、果たしてラヴクラフトはライメルの作品との整合性を考慮していたのだろうか。彼がライメルに送った手紙を読んでも、その辺のことは何も書かれていない。
 それ以外にクトゥルー神話ファンの興味を惹くのはソトーという謎の存在だろうが、こいつもおよそ正体不明だ。人の顔がないという描写はあるものの、人以外の顔ならあるのか、それとも顔そのものが一切ないのかは定かでない。ラヴクラフトがライメルに宛てて書いた1935年9月28日付の手紙を参照するに、触手ならあるらしい。扉を開け放ってイースの住民を解放することを期待されているようだが、クリス=ハローチャ=アーンストの神話作品目録によると他の作家が取り上げたことはない模様だ。