新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

奇矯で不器用な悪魔たち

 ヒポカンパス=プレスから刊行されたダーレス・スミス往復書簡集が届いた。
www.hippocampuspress.com
「二人の職業作家の人生を内幕まで覗ける一冊」と解説にあるとおり、ラヴクラフトとの文通とはまた違ったやりとりを知ることができる。たとえばクラーク=アシュトン=スミスの作品集であるOut of Space and Timeが1942年にアーカムハウスから刊行されたが、当初スミスはその表題としてThe End of the Story and Other Talesを提案していた。彼としてはラヴクラフトThe Outsider and Othersに合わせたかったのかもしれないが、ダーレスは1941年11月8日付のスミス宛書簡で次のように反対意見を述べている。

題名のことですが、何とも言いかねます。我々にとっては、ごちゃごちゃした印象にならないよう本の背表紙に何語まで印刷できるかという問題でもあるのです。ご提案のあった題名に近づけるならば実現可能なのはTHE END OF THE STORY AND OTHERSですが、私見ではOUT OF SPACE AND TIMEのほうが見栄えのする良い題名です。我々はその点も考慮しなければなりません。表紙のデザインと合わさったとき題名は引き立っていなければならず、7語だと5語よりも場所をとってしまうのです。それにOUT OF SPACEというのは収録作すべてに当てはまる言葉であり、個々の作品の題名からひとつ選んで使うより売上も伸びるだろうと思います。HPLの場合、THE OUTSIDERというのは作品の題名であるだけでなく、巻頭の解説で述べたように彼自身の人となりを表す言葉でもありました。たとえば拙著COUNTRY GROWTHのように、ひとつの作品の題名で収録作のすべてを言い表せるのであれば、使うのも大いに結構だと思います。そうでなければ止めておいたほうが無難でしょう。

 レイ=ブラッドベリ*1やハーラン=エリスン*2が作家を志したのはスミスに憧れたからだったという。それほどの天才であっても商売のことには疎く、その方面では自分がスミスの面倒を見てやらねばならないと言いたげなダーレス。この頃のスミスは困窮しており、彼が急場をしのげるようにダーレスは自作の彫刻を買い取ったりしている。
 題名が決定した経緯はSixty Years of Arkham Houseなどでも語られているが、詳しい理由をダーレス自身の言葉で読むことができたのは初めてだ。なおOut of Space and Timeという題名はエドガー=アラン=ポオの詩「幻の郷」の一節に因んだものだという。これは1844年に発表された作品で、原文はウィキソースで公開されている。
en.wikisource.org
 邦訳は新潮文庫から出ている。

 孫引きになるが、くだんの箇所がいかなるものなのか見てみよう。
plaza.rakuten.co.jp
 Out of Space and Timeはスミスにとって初の本格的な短編集であり、その表題をポオからの借り物で済ませることに複雑な気持ちもあったのかもしれないが、かっこいいことは間違いない。
www.lwcurrey.com
 アーカムハウス初期の本の例に漏れず、現在では手を出しかねる値段になっている。そのため自分で内容を確認したわけではないのだが、この本に収録されている「歌う炎の都市」は続編の"Beyond the Singing Flame"と合わさったものだった。当時スミスの手許に原稿が残っていなかったため、英国のパルプ雑誌に載ったものをそのまま使って間に合わせたのだそうだ。*3後にアーカムハウスからA Rendezvous in Averoigneが刊行されたとき、続編の部分は削除されている。