新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

対オカルト機関ディオゲネス=クラブ

 クトゥルー神話世界において英国の対オカルト組織といえばランドリーが有名だが、他にもディオゲネス=クラブがある。これはキム=ニューマンが創造した秘密機関で、コナン=ドイルの「ギリシャ語通訳」が元ネタだ。ディオゲネス=クラブにまつわる話の中から"The End of the Pier Show"を紹介させていただこう。

The Man From the Diogenes Club (English Edition)

The Man From the Diogenes Club (English Edition)

 時は1970年代、警官のフレッド=リージェントは極右団体に潜入捜査中だ。廃墟と化した遊歩桟橋で化物がネオナチを襲撃し、皆殺しにしてしまった。一人だけ生き延びたフレッドは上司のユーアン=プライスに一部始終を報告する。フレッドの予想に反してプライスは彼の報告を真剣に受け止め、ディオゲネス=クラブから派遣されたリチャード=ジェパーソンとヴァネッサが事件の調査に当たることになった。
 ジェパーソン・フレッド・ヴァネッサの3人は、事件のあったシーマスの町へ赴く。途中、レストランで3人組の不良に絡まれるが、ヴァネッサは彼らを一蹴した。
 シーマスにはジャイルズ=ギャラント卿が住んでいる。英軍の准将で、ジェパーソンにとっては親戚同然の人物だそうだ。准将はジェパーソンたちを歓待してくれたが、どうも様子がおかしい。准将が離席した隙にジェパーソンはいった。
「この家から出ないと」
 しかしドアには外から鍵がかかっていた。閉じこめられてしまったわけだが、ジェパーソンはヴァネッサから借りたヘアピンで解錠する。廊下に出ると、准将は電話をかけている最中だった。
「速やかに行動すべきだよ。君はこの男のことを知らんだろう」
 准将の仲間が入ってきて銃を突きつけるが、ジェパーソンは不思議なハミングで彼らの動きを封じ、ヴァネッサとフレッドを連れて脱出する。町はさながら二次大戦中の様相で、空襲警報まで聞こえてくる始末だ。高射砲で応戦している兵士たちは、レストランで喧嘩した3人組の不良だった。
「私を覚えてる?」とヴァネッサは訊いてみた。
「今夜の外出は危険です」不良の態度は礼儀正しかった。「防空壕に退避してください」
「政府の者です」といってジェパーソンが彼らに見せたのは屑籠から拾ってきた古新聞だったが、兵士になった不良たちは通行を許可してくれた。
 遊歩桟橋にあるアミューズメント施設跡に足を踏み入れると、第三帝国とその同盟国の指導者たちを戯画化した人形が展示されていた。上半身だけのヒトラー、ネズミの胴体に人間の頭部をつけたゲッベルス博士、肥大した道化の姿をしたムッソリーニ――ヒムラーやヘスやボルマンやハイドリヒもいる。
 冒頭で惨殺されたネオナチどもがアンデッドと化し、SSやSAや国防軍の制服を着た格好で現れた。ジェパーソンたちは戦うが、ヴァネッサが撃たれる。弾丸には変容の効果があり、ヴァネッサはエヴァ=ブラウンになってしまった。ジェパーソンとフレッドは海に飛びこんで逃れる。フレッドが息を吹き返すと浜辺におり、蹌踉とした足取りでギャラント准将がやってきた。
「何を考えてるんです、ジャイルズ?」とジェパーソンは問いただした。
「新通貨のせいだよ。無論それだけじゃない、他にもいろいろ変わってしまった」
 英国では1971年にシリングが廃止され、1ポンドを100ペンスとする新制度に移行した。世の移ろいを嘆き、古き良き時代を懐かしむ准将たちはシーマスの時間を大戦中へ逆行させていたのだ。だが、その魔術は同時にファシズムの亡霊を呼び寄せてしまうものでもあった。放っておけば悪霊はシーマスの外に勢力を拡げ、第三帝国の上陸作戦よろしく英国全土を襲撃することになるだろう。
「どんなに危険なことかわかってるでしょう。戦争なんですよ」
「いかんのかね?」と准将は言い返した。「我々は大同団結していた。誰もが皆のために身を捨てる覚悟でいた。栄光の時だったよ」
 ジェパーソンはしばし考えこんだ。
「空襲はどうなんです? 桟橋の化物は?」
「不純物だ。除去する」
「違う」とジェパーソンはいった。「不純物でも誤算でもない。必然なんです。防空壕の中で貴族の奥様が物売り娘と身を寄せ合い、励ましてやっている世界がお望みなんだろうが、そうしたかったら怪物も引き受けないといけない。あの戦争がどんなものだったか本当に忘れてしまえるんですか?」
 ジェパーソンが服の袖をまくり上げると、手首に入墨があった。戦争中、彼は第三帝国強制収容所にいたのだ。さすがの准将も恥じ入り、時を逆行させる術を解除することに同意した。老人たちも今風の服装に着替え、空襲警報に使われていたスピーカーから最新流行の音楽を流すと、さっそく効果が現れた。兵士になりきっていた不良たちが正気を取り戻したのだ。
「こういう人たちは好きになれないでしょうね」とジェパーソンは老人たちにいった。「でも、だからって人格を奪う権利なんかありません。それに英軍の兵士なんて大体こんなもんでしょう」
 ジェパーソンとフレッドはヴァネッサを取り戻すべく遊歩桟橋に乗りこんでいく。今回はヴァネッサも敵の側についているが、ジェパーソンには勝算があった。彼は光り輝く物体を高々と掲げて宣言した。
「このトーテムをもって我は汝を祓う」
 ジェパーソンが手に持っているのは新しく鋳造された50ペンス硬貨だった。ヒトラーは彼の手を撃って硬貨を弾き飛ばすが、その時「レット・イット・ビー」が聞こえてきた。ヴァネッサは復活し、ナチスの領袖たちは力を失って消散する。操られていたゾンビも元の死体に戻った。ファシズムの亡霊にビートルズの曲が効くとは初耳だが、音楽の力でヨグ=ソトースを退散させた事例*1もあるくらいだから、驚くには当たらないだろう。
 こうしてシーマスの町にも1970年代が戻ってきた。ヴァネッサは後遺症もなく元気そうだ。ジェパーソンがフレッドの勇気と機転を称え、彼をディオゲネス=クラブに勧誘しているところで話は終わる。
 この作品だけ見ると接点がないようだが、ディオゲネス=クラブもまたクトゥルー神話大系の一部だ。スティーヴン=ジョーンズが編纂した『インスマス年代記』シリーズに収録されている「大物」「少年探偵リチャード・リドル」「砂漠の魚の物語」はディオゲネス=クラブの話だが、すべて邦訳がある。「大物」は大瀧啓裕先生、それ以外の2作品は植草昌実先生の訳だが、日本語で読めることには感謝しかない。
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