新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

魚の話をもうひとつ

 『インスマス年代記』にはキム=ニューマンの「大物」が収録されているが、その続編に当たる"Another Fish Story"をWeird Shadows Over Innsmouth で読むことができる。この話で狂言回しを勤めるのは、テムズ川の泥から生まれた魔人デレク=リーチだ。
 時は1968年の夏。リーチは大西洋を越えて北米大陸を横断し、カリフォルニアに来ていた。ひどいB級映画をアル=アダムソン監督が撮っている現場にリーチがやってくるところから物語は始まる。そこにいたのが、かの悪名高いチャールズ=マンソン。この辺の接点はよくわからないのだが、マンソン=ファミリーがねぐらにしていたスパーン牧場でアダムソンは『男子禁制・女体秘密クラブ』を1969年に撮影しており、どうやらニューマンはその史実を題材にしたらしい。
 世界を破滅させようという野望と、スター歌手になりたいという欲望が入り混じった人物としてニューマンはマンソンを描いている。マンソンが「お袋様」と呼んでいるのがジャニス=マーシュ。「大物」から引き続いての登場ということになるが、かつては美人女優だった彼女も老婆と化し、見た目もだいぶ半魚人らしくなっている。
 地下水を噴出させてカリフォルニアに大洪水を起こすことをジャニスとマンソンは計画しており、リーチは二人から協力を求められる。地底の湖への入り口さえ見つかれば、うまく爆薬を使うことによって洪水を起こせるのだ。自分には地底の湖は見つけられないが、探せる人物を紹介することならできるとリーチは答えた。その人物というのは、アダムソンの映画に出演中だったロン=チャニー=ジュニアだ。
 リーチは撮影現場に出かけていき、出番が終わって暇になったロン=チャニー=ジュニアと契約を結ぶ。「俺の父親は千の貌を持つ男だった」とロン=チャニーの息子はリーチに語る。誰もが彼のことを「ジュニア」と呼んでいたが、リーチは敢えて「クレイトン」と呼ぶのだった。
 マンソンと信者の男女とジュニアそしてリーチはバギーに乗って探索の旅に出発した。実話かどうか知らないが、ジュニアにはダウジングの能力があり、湖のあるほうへと一行を導いていく。一行は山に登り、山頂から地下に下りていって湖を発見した。カリフォルニアの地下には巨大な湖が広がっており、山はいわば栓の役割を果たしていた。栓が外れれば水が一挙に噴き出して都市を呑みこむだろう。
 一行が地底で発見したものは古い壁画だった。大洪水によって人類の文明が崩壊する様を山頂からマンソンの巨大な顔が見下ろしているという予言の絵だ。マンソンの野望の実現までは後一歩だったが、リーチはそれ以上マンソンに協力することを拒む。マンソンを地底の湖まで連れていくというのがリーチとマンソンの契約の内容であり、それから先はリーチの義務ではないのだ。リーチはいった。
「私は複雑なものが好きだ。大好きなのだよ。何とも多くの可能性があり、選択肢がある。私が成したいのは轟きわたる黙示録であり、変容であり、一日に一千の勝利、利益の拡大、永久革命だ。私の本性は文明にある。君の大洪水も一時は楽しいかもしれないが、すぐに終わってしまうだろう」
 ならば自分たちだけでやるまでだとマンソンはいうが、計画を進めるにはまず地上へ戻らなければならない。そしてマンソンが自力で引き返すことは不可能だった。リーチの協力がなければ、真っ暗な地底の迷宮にいつまでも留まらなければならないのだ。マンソンは半泣きになりながら「家に帰してくれ」とリーチに頼む。このときの彼は実にかっこわるいのだが、チャールズ=マンソンをあまりかっこよく描かれても困るだろう。リーチはジュニアに訊ねた。
「クレイトン、今夜は満月だ。我々を月明かりのもとまで連れて行ってくれるかね?」
「もちろんだとも。俺は狼男だからな。うおおおおおう!」
 一行が地上に戻ると、ジャニス=マーシュが死んでいた。マンソンは大洪水の計画を放棄し、別のことを企みはじめる。いずれはリーチの予言どおり、誰もがマンソンのことを記憶にとどめるようになるだろう。そしてリーチはジュニアにいった。
「私がこんなことをするのは滅多にないのだが、君には借りがあるような気がする。だから贈物をしたい。取引や契約ではなく、ただの贈物だ。無条件の贈物だよ。それで我々は貸借りなしの間柄になれるだろう。何が望みかね?」
 ジュニアが患っている咽喉癌もリーチなら治せるし、彼を史上最高の大俳優にすることもできるのだ。しかし「もう贈物はもらったよ」とジュニアは答えた。「あなたは俺のことをジュニアではなくクレイトンと呼んでくれた。父の名前ではなく、俺自身の名前で」
 ロン=チャニーという偉大すぎる父親を持ったばかりに苦悩しなければならなかった男の願い、それは彼自身にささやかな敬意を表してもらうことだった。その願いが叶って幸福を感じている彼を後に残し、デレク=リーチは立ち去ったのだった。
 チャールズ=マンソンが深きものどもと結託して大洪水を起こそうと企て、彼の野望を実現するために地底の湖を発見できるのはロン=チャニー=ジュニアだったというお話。頭が痛くなってきそうな設定だが、ニューマンという人の作品には変な魅力がある。なおシャロン=テートを殺害したマンソンは現在もカリフォルニアで服役中だが、自分がクトゥルー神話小説に出演させられたことを知っているかは定かでない。

インスマス年代記〈上〉 (学研M文庫)

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Weird Shadows Over Innsmouth

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