新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

海の呪い

 ロバート=E=ハワードの初期の作品に"Sea Curse"という短編がある。1926年の初秋にウィアードテイルズの編集部に受理され、1928年5月号に掲載された。現在では公有に帰しており、ウィキソースなどで原文が無償公開されている。
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 物語の舞台はフェアリングという港町。船乗りのジョン=クルレックとカヌールは町の不良たちから一目置かれる存在だ。魔女だという評判のあるモール=ファレルの姪がジョン=クルレックに弄ばれた挙句、溺死体となって浜辺に打ち上げられるという事件があった。自殺か他殺か、いずれにしてもジョン=クルレックのせいで死んだことは火を見るより明らかだ。少女の遺体を見ても平然としているジョン=クルレックに向かってモール=ファレルは叫んだ。
「呪われよ! 貴様がむごたらしい死に方をし、100万と100万さらに100万年の間、地獄の炎の中でのたうち回るように。そして貴様は」モール=ファレルはカヌールを指さした。「ジョン=クルレックに死をもたらし、ジョン=クルレックが貴様に死をもたらすであろう!」
 ジョン=クルレックとカヌールは航海に出かけていったが、帰ってきたのはカヌールだけだった。クルレックはスマトラの港で船を下りたとカヌールは説明するが、外国どもの漕ぐ幽霊船がそのとき現れ、ジョン=クルレックの死体を運んでくる。死体の背中にはカヌールの短剣が突き刺さっていた。
 幽霊船は跡形もなく消え、カヌールは恐れおののいて罪を認めた。彼がジョン=クルレックを刺し殺し、死体を海に投げこんだのだ。ジョン=クルレックの死体を見下ろして高笑いしながら、モール=ファレルは血を吐いて前のめりに倒れた。そして絶え間なく寄せては返す波の彼方に朝日が昇ったのだった……。
 ダーレスが書いたといわれても通りそうな因果応報のお話だが、魔女の婆さんが姪の仇を呪う場面のすさまじさはハワードならではだ。フェアリングを舞台にした作品をハワードはもう二つ書いているが、どちらも発表されたのは彼の死後だった。ひとつは"Out of the Deep"という短編で、水死者に化けてフェアリングにやってきた魔物の恐怖を描いている。
 船乗りのアダム=ファルコンが海で死に、亡骸がフェアリングの浜辺に打ち上げられた。彼だけがこんなに早く戻ってくるとは奇妙なことだと囁き交わす住民たち。許嫁のマーガレットはアダムの亡骸を抱きしめて口づけするが、途端に悲鳴を上げて後ずさりした。
「アダムじゃない!」と叫ぶマーガレット。彼女は悲しみのあまり錯乱しているのだろうと人々は思ったが、通夜の最中にマーガレットは殺害され、アダムは姿を消す。その晩、フェアリングでは次々と犠牲者が出た。無名の主人公は独り浜辺に赴き、アダムの姿をしたものと戦って勝利を収める。アンデッドに刃物は通用しないだろうと思いきや、死人に化けた海魔だったのでナイフで刺し殺すことができたのだ。息の根を止められた怪物は正体を現し、昇る朝日に照らされながら波に運び去られていくのだった。微妙にクトゥルー神話っぽい話だが、ラヴクラフトとの文通で話題になったことはない。
 もうひとつは"A Legend of Faring Town"という詩で、丘の上に住んでいたメグという老婆のことが綴られている。彼女は昔かわいらしい娘を連れてフェアリングに引っ越してきたのだが、その子はいなくなってしまった。おそらく亡くなったのだろうと人々は考え、メグは船の帆綱を修繕して生計を立てていた。
 ある晩、メグの家から火の手が上がった。彼女は家から出てこず、駆けつけた人々が中に入ると、ベッドに子供の骸骨が寝ていた。メグはその上に屈みこんでおり、人々は彼女を子殺しの罪で縛り首にした。だが、その後で見つかった本にはメグの拙い字で真相が書いてあった。メグの娘は病気で亡くなり、彼女は我が子と離ればなれになりたくないと願うあまり、ずっと遺体と共に暮らしていたのだった……。
 非常に陰鬱な内容で、ハワードの作品としては習作の部類に入るだろうが、読む者を圧倒する力のこもった文章には彼らしさが感じられる。どちらもThe Horror Stories of Robert E. Howardに収録されている。