新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

スパゲッティを嫌う男

 "Spaghetti"というクトゥルー神話中編をブライアン=ラムレイが1985年に発表している。神話作品に麺類が出てくる時点で嫌な予感がするが、とりあえず読んでみることにした。
 物語の舞台となるのは1977年のロンドン、語り手は英陸軍の退役少佐だ。階級こそ違うが、部分的にはラムレイ自身がモデルなのだろう。知人のアンドルー=カーターという男から彼が相談を持ちかけられるところから話は始まる。
 おじのアーサーから屋敷を相続したのだが、そこには財宝が隠されているのだ――といって、カーターが少佐に見せたのは一枚の金貨だった。あるいはメダルなのかもしれないが、表面はだいぶ摩耗している。しかし、紛う方なき黄金だった。
「これ一枚で137ポンドの価値がある。今のところ見つかったのは3枚だけだが、屋敷のどこかに同じものが500枚あるはずだ」
 つまり総額7万ポンド近いお宝ということになる。なお1977年の7万ポンドは現在の金額なら約40万ポンド、日本円にして7000万円に相当する模様だ。
 そこでカーターは7年も宝探しを続けていたのだが、屋敷のある場所が再開発の対象になったため近日中に立ち退かなければならず、焦っていた。金貨を探すのを手伝ってほしいと頼まれた少佐は、1割の報酬と引き替えという条件で承諾する。
「ところで一緒に飯でも食わないか。スパゲッティはどうかね?」
「スパゲッティはだめだ!」
 どういう理由があるのか、カーターはスパゲッティをひどく嫌がる。少佐はカーターと一緒に屋敷を訪れたが、奇妙なことに気づいた。井戸の水がいったん屋根裏まで引き上げられ、そこから下の階へ送られるようになっているのだ。少佐は理由を知ろうとしたが、カーターは気に留めていないようで、アーサーおじは変人だったからというばかりだった。
 アーサーおじの蔵書はほとんどをカーターが大英博物館に寄贈したのだが、『妖蛆の秘密』が残っていた。ただし1821年にチャールズ=レゲットが刊行した英語版だ。ラムレイによると、『妖蛆の秘密』には幻夢境のことが書いてあるらしい。また『ドール賛歌』があり、もしも自分が失踪するようなことがあったら7年後にその111ページを読み上げてほしいとアーサーおじは遺言していた。
 少佐が手がかりを探して蔵書を調べると、ページの間から紙片が落ちた。アーサー老人の手になるもので、甥への恨みつらみが書き連ねてある。またショゴスに関する人類の記憶が幻夢境でドールとなって現れたのではないかと書いてあったりもしたのだが、もちろん少佐にはちんぷんかんぷんだった。
 少佐はカーターのためにコーヒーを淹れてやることにする。彼が支度をしていると、悪臭を放つスパゲッティの切れ端のようなものが落ちていた。どこから現れたのか知らないが、道理でカーターがスパゲッティを嫌がるはずだ。
 カーターが金貨ほしさにアーサーおじを脅迫していたことがわかり、少佐は彼の卑劣さにうんざりするが、そうはいっても財宝は魅力的だ。アーサーおじの失踪からちょうど7年が経ち、カーターは酔っ払いながら『ドール賛歌』を音読した。
 立ち退きの期限が目前に迫り、カーターは家中を掘り返している。一日分の作業を終えた彼がシャワーを浴びている間に少佐は屋根裏部屋へ行き、隠し小部屋を発見した。そこには金貨があり、さらに貯水槽の中からアーサー老人の亡骸が見つかる。甥に脅迫された老人は秘密の小部屋に身を潜めていたのだが、事故があって溺れ死んだのだろう。あるいは自殺かもしれない。
 バスルームからカーターの悲鳴が聞こえてきた。少佐が駆けつけると、スパゲッティのようなものがカーターを襲っていた。いや、それはアーサー老人の腐肉だった。老人は自分の肉体を妖蛆に変えて甥に復讐したのだ。
 それが7年前のことだと少佐は語る。自分は金持ちになったが、このことはどうやら7年周期で反復されるらしい。そんなわけで、最近はいつも拳銃を持ち歩くようにしている。カーターのような死に方はしたくないからだ。自分の黄金が誰の手に渡ることになるのか知らないが、どうでもいい。結局はクトゥルーのものなのだから。
 ……というお話。ドールと金貨とクトゥルーがどうつながるのだと思われるだろうが、どうもドールは黄金を集めてはクトゥルーへの貢物にしているようだ。そのため黄金のあるところへはドールが来るというわけなのだった。