新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

彼らは甦るべし

 昨日に続いてダーレスとマーク=スコラーの合作を紹介したい。"They Shall Rise"という中編で、ラヴクラフトはこの作品のために推薦状を書いたことがある。*1ファーンズワース=ライトは他人に影響されやすいようだから、作家たちが互いの作品を推薦し合えば採用率が高まるのではないかとクラーク=アシュトン=スミスが提案したのだが、"They Shall Rise"は掲載まで5年もかかっているので効果がなかったらしい。
 "They Shall Rise"の初出はウィアードテイルズの1936年4月号。この作品自体は未訳だが、同時に掲載された小説には邦訳済のものが多い。ハワードの「龍の刻」、ブロックの「ドルイド教の祭壇」、ジャコビの「風の中の顔」、プライスの「ラジャの贈りもの」――すべて邦訳がある。ちなみにシャルル=ボードレールの「病気の詩の女神」も載っているが、これはスミスによる英訳だ。彼は翻訳家でもあるのだ。

悪の華 (岩波文庫 赤 537-1)

悪の華 (岩波文庫 赤 537-1)

 "They Shall Rise"の語り手はヴァレンスといって、ウィスコンシン大学医学部の4年生。ある雨の夜、研究室にノートを置き忘れてきたことに気づいた彼は取りに戻る。夜道を歩きながら、ヴァレンスは友人のスタン=エルソンに話しかけた。
「古めかしい服を着て緑色の傘を持った年寄りにさっき会ったんだ。解剖室はどこかと訊かれた」
「その年寄りがどうかしたのかい?」
「医学部の研究室が荒らされ、教員や学生が殺害される事件が何週間か前から各地の大学で起きているだろう。緑の傘を持った老人が事件のたびに目撃されているんだ」
 コロンビア大学で2人、ハーバード大学で7人、イェール大学で5人、プリンストン大学で4人の犠牲者が出たという。米国に限ったことではなく、何年も前から世界中で事件が発生していた。1873年にエジンバラ大学で起きたのを皮切りに、1880年にはロンドンのガイズ病院、それから5年もしないうちにウィーン・ソルボンヌ・ハイデルベルク・ボンと続き、とうとうウィスコンシンまでやってきたのだ。
 そんな話をしながら学舎まで引き返すと、最後まで残っていたアッシャムとディーンが引き揚げるところだった。管理人が部屋に鍵をかけて回っているが、いまならまだ間に合うだろうと二人はいう。ヴァレンスとスタンが薄暗い階段を上っていくと、緑色の傘を持った老人がいた。
「解剖室は見つかりましたか?」とヴァレンスは訊ねた。
「いや、気が変わりましてな」血の気のない顔に笑みを張りつかせた老人はいった。「明日の朝また来ることにします」
 老人がギクシャクと歩み去るのをヴァレンスとスタンは見送った。まるで機械のような歩き方をする人だと感想を述べるスタン。その時、二人の背後から管理人のブラウン氏が声をかけた。
「どうしたのかね、君たち?」
「500号室にノートを忘れまして」とヴァレンスは理由を説明した。
「いまから500号室に施錠するところだ。じゃあ一緒に行くか」
 3人が500号室に入ると、解剖用の遺体が立ったり椅子に腰掛けたりしていた。全部で4体、その顔に浮かんでいる表情はつい先程まで生きていたかのようだ。
「アッシャムがいたずらしたのか」と管理人がいった。
「バカな! こんないたずらをする医学生はいませんよ。外部の人間の仕業です」
 翌日、ヴァレンスたちがモンタギュー教授の指導のもとで解剖実習をしているところに昨晩の老人が訪れた。老人はセプティマス=ブロック博士と名乗り、研究室を見学させてほしいと頼む。モンタギュー教授は快諾し、警備員に彼を案内させることにした。
 モンタギュー教授とブロック博士のやりとりに気をとられたスタンは手が滑り、遺体の舌をうっかり切り取ってしまう。それを見たブロック博士は血相を変え、スタンに食ってかかった。
「貴様! 死者を冒涜する気か!」
「それは学者らしからぬ態度ですな」とモンタギュー教授はブロック博士をたしなめた。ブロック博士は興奮してしまったことを謝り、警備員に連れられて歩き出す。
 ブロック博士がディーンの傍らを通り過ぎたとき、激しく取り乱したディーンがメスを投げつけた。メスは博士の背中に突き刺さり、モンタギュー教授が慌てて駆け寄る。ブロック博士は平然と背中からメスを引き抜き、洋服に刺さっただけだという。メスには血がついていなかった。
 その晩、スタンを自分の部屋に呼んだヴァレンスは医学人名辞典を本棚から取り出して開き、セプティマス=ブロック博士に関する記述を読み上げた。ブロック博士は1823年生まれ、エジンバラ大学で学位を取得した医学者だったが、異常な内容の論文を書いて精神病院に収容された。1872年、彼はすでに危篤状態だったにもかかわらず忽然と消え去り、今日に至るまで失踪したままだった。
 続いてヴァレンスが机の引き出しから取り出したのは、セプティマス=ブロックの書いた論文だった。著者の顔写真を見た彼はぞっとする。昨日から出没している老人の顔と瓜二つだったのだ。論文の内容は確かに常軌を逸しており、死者も行動することができるのだと主張するものだった。いつの日か死者の軍団が決起し、自分たちを冒涜する生者に復讐するだろうという叫びで論文は締めくくられていた。
「いかれてる!」とスタンはいった。「狂人のたわごとじゃないか!」
 もう午後9時になっていたが、ヴァレンスとスタンは用事を済ませるために研究室へ行った。解剖用の遺体を安置してある部屋から声が聞こえてくる。ヴァレンスとスタンがこっそり覗きこむと、ブロック博士が死者の前で得意げに演説していた。彼は黒魔術を用いて死者を操り、自分を狂人扱いした世間に復讐しようとしていたのだ。
「感づいたものがおる……そいつらを始末せねばならん」
 翌朝、ヴァレンスは乱暴に揺すぶられて眼を覚ました。彼を起こしたのはスタンだった。
「昨日の朝、セプティマス=ブロックを案内した警備員のことを覚えているか?」といって、スタンはウィスコンシン大学マディソン校の学生新聞『カーディナル』をヴァレンスに差し出した。ヘンリー=ピーターセンという名のその警備員が昨日から行方不明になっているという記事が載っていた。
「彼はブロックを霊安室まで連れて行ったんだよな」とヴァレンスはいった。「それから出てきたっけ?」
「見てないな」
「今日は研究室を休ませてもらう。大事な用があるんだ」
「何をする気だい?」とスタンは訊ねた。ヴァレンスはちょっとためらってから答えた。
「黒魔術の力を破るには銀の銃弾がいる。ブロック博士に効果があるか確かめてみたい」
 ヴァレンスが銀の銃弾を手に入れて帰宅する頃には、とっぷりと日が暮れていた。部屋にはスタンの書き置きが残っており、ブロックが今朝また研究室に来たと記してあった。モンタギュー教授の話によると、彼はヴァレンスとアッシャムのことを嗅ぎ回っていたそうだ。ヴァレンスは急いで研究室に電話した。電話に出たのはアッシャムだった。
「ヴァレンスだ。スタンはどうしている?」
「あいつなら、君からの伝言を読んで出て行ったところだよ」とアッシャムはいった。もちろんヴァレンスは伝言などしていない。「『すぐ500号室に来てくれ』とある――これを書いたのは君じゃないのか?」
 ヴァレンスが大急ぎで500号室に赴くと、そこにはスタンがいた。スタンは無言でヴァレンスを部屋に招き入れる。その顔は蒼白で、口の中には舌がなかった。解剖用の遺体の舌をうっかり切り取ってしまったことに対する制裁だろう。
 ヴァレンスが振り向くと、起き上がった死者たちが押し寄せてくるところだった。その先頭に立っているのはフロックコートを着た老人――ブロック博士だ。ヴァレンスは突進してブロック博士を取り押さえ、銀の弾丸を装填した拳銃を撃った。そしてモンタギュー教授たちが駆けつけてくる足音を聞きながら、彼は気を失ってしまった。
 ヴァレンスが意識を取り戻すと、モンタギュー教授が心配そうに覗きこんでいた。500号室からはスタン以外にもピーターセンの遺体が発見されたが、ブロック博士の姿はどこにも見当たらず、ぼろぼろになった衣服と骨のかけらがあるばかりだったという。受けた衝撃があまりにも大きかったため、ヴァレンスは何かを喋ろうとしても支離滅裂な言葉が出てくるばかりだった。それでも彼は4日後にどうにか退院し、自分の体験を文章にしたためたのだった。
 最初に述べたとおりラヴクラフトはこの作品をライト編集長に推薦したのだが、それ以外のことでもダーレスを手助けしている。ヴァレンスがブロック博士の正体に気づく過程について1931年8月3日付の手紙で助言してあげたのだ。まずダーレスが筋書きを考え、スコラーがそれを基に原稿を書くと、ダーレスが文章を点検して手直しをするという三段階の作業で彼らの合作は成り立っていたそうだが、実はラヴクラフトによる講評および助言という最終段階がさらに存在していたわけだ。そうと知っていると、たわいのないパルプ小説でも読む楽しみが増すような気がする。