新・凡々ブログ

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延期された予約

 ラムジー=キャンベルがダーレスに宛てて書いた1963年5月12日付の手紙より。

そういえば、こちらではブラックウッドのTales of the Uncanny and Supernaturalがハードカバー版で発売中でして、お値段は驚きの1ドルです! これは手に入れないと。

 ブラックウッド全集が全1巻で刊行されると勘違いしたダーレスは「ブラックウッドの全作品が1冊の本に収まるはずがないでしょう。どれだけ活字を小さくすればいいんですか」などと返信している。なおキャンベルによると、値段が安いのはスカンジナビアで印刷されたからだったらしい。
 Tales of the Uncanny and Supernaturalは1949年に刊行されたブラックウッドの怪奇作品集だが、キャンベルが話題にしたのは1962年に復刊されたものだろう。この1962年の版は好評を博したらしく、1969年までに8刷を数えている。*1さらに21世紀になってからも新版が出ている模様だ。

Tales of the Uncanny and Supernatural

Tales of the Uncanny and Supernatural

 全部で22の中短編が収録されているが、その中から未邦訳の作品をひとつ紹介させていただく。"The Deferred Appointment"という短編だ。
 モーティマー=ジェンキンはロンドンで写真館を経営しているが、その日は天気も悪く閑古鳥が鳴いていた。とうとう雪がちらつきはじめた6時5分前、ジェンキンはシャッターを下ろしてしまったが、店の中に人がいるのを見て驚く。いつの間に入ってきたのだろうか?
「おや、ウィルソンさんでしたか!」
 ウィルソン氏は近所にある古本屋の店主だが、今にも死にそうな顔をしていた。ジェンキンは彼を椅子に座らせ、写真のサイズはどうしますかなどと質問するが、相手は無言だった。ひどく急いでおり、一刻も早く撮影を済ませてほしいらしい。歯医者に行くより写真を撮られるのを嫌がる客は珍しくないので、ジェンキンは手っ取り早く終わらせることにしてフラッシュを焚いた。ところが、いざレンズを覗いてシャッターを切ると、眩い光が見えたと思った途端にウィルソン氏は忽然と消えてしまった。
 我に返ったジェンキンはウィルソン氏の店までインクと文房具を買いに行ってみることにする。古本屋のはずなのだが、当時は文房具を一緒に売るのが一般的だったのだろうか。それはさておき、店に着くとウィルソン氏はおらず、彼の共同経営者が長身の紳士と低い声で話をしている。陳列されている万年筆をジェンキンが眺めていると、二人の会話が漏れ聞こえてきた。
「奇妙ですね、今際の際にそんなことを言うなんて。だが、あっぱれでもある。最後まで誠実な男だったんですなあ。私が彼と知り合って20年になりますがね、彼は一度たりとも約束を破ったことがありませんでしたよ……」
 バスが通過する轟音が声をかき消した。長身の男は立ち去り、ジェンキンは古本屋に訊いてみた。
「何があったのですか?」
「あと何分かで6時になるときのことでした。ウィルソンはもう何週間も病気だったんですが、高熱に浮かされながらジェンキンさんの写真館に行こうとしたんです。写真を撮ってもらうのを忘れていたと叫んでいました」
 ウィルソン氏は15分後に息を引き取ったが、最後まで「女房との約束なんだ」と繰り返していたという。翌日、ジェンキンは昨日の写真を助手に現像させたが、ひどく明るい光が写っているだけだった。その光も半年後には写真とネガの両方から消え去ってしまったという。
 この作品の初出は1911年1月21日付のウェストミンスターガゼットであり、つまり元々は新聞小説だった。1914年にTen Minute Storiesに収録されている。『10分で読める物語』というわけだ。余談だが、一昨日の記事で紹介したダーレスとスコラーの合作はウィアードテイルズに掲載されたとき「5分で読める物語」と銘打たれていた。
 "The Deferred Appointment"は映像化されたことがある。1961年にブラックウッドの怪奇短編がテレビドラマ化されたとき、放映された全29話の中に含まれていたそうだ。このドラマシリーズはTales of Mysteryといって、その成功のおかげでブラックウッドの本が次々と復刊されることになったとマイク=アシュリーは述べているが、Tales of the Uncanny and Supernaturalが頻繁に増刷されていたのもそれが一因なのかもしれない。しかしながら、いま観ようと思ってもフィルムが現存していないという。
celluloidwickerman.com
 ブラックウッドに扮した俳優が司会を務めるという趣向だったそうだ。ジョン=ローリーという役者が演じたそうだが、ご興味のある方はリンク先をごらんいただきたい。似ているだろうか?