新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ランドリー・鮮血の図譜

 〈ランドリー〉シリーズの4巻であるThe Apocalypse Codexを紹介してから5年も経ってしまった。*1その後もチャールズ=ストロスはランドリーの物語を書き続け、現在では9巻を数えるに至っている。弊ブログでは中断したところから再開するとして、5巻目のThe Rhesus Chartは吸血鬼の話だ。
 〈ランドリー〉は異次元の魔神に対抗するために英国政府が設立した秘密機関、主人公のボブ=ハワードはそこに勤める諜報員だ。ボブが奥さんのドミニク=オブライエン博士(愛称モオ)と回転寿司を食べながら吸血鬼の実在性について議論するところから話は始まる。人間に必要な栄養を血液のみから得ることがいかに非合理であるかを論理的に指摘して夫をボコボコに論破するモオ。しかし吸血鬼は実在した。
 ボブの元カノであるマリ=マーフィーがひょっこりランドリーに戻ってきた。かつてランドリーに勤めていたマリは大手銀行に転職したのだが、このたび復帰することになったのだ。実はマリと同僚たちは吸血鬼になっていた。人間を吸血鬼化するアルゴリズムを彼らの一人が発見したためだ。彼らはランドリーに敵として認定される前に自分たちの側から接近し、取り入って生き延びようとする。
 吸血鬼とは異界の妖魔に寄生された人間だとストロスは説明している。人間を吸血鬼化するアルゴリズムとは、その寄生体を招喚するものに他ならない。吸血鬼が他人の生き血を吸うことによって寄生体と犠牲者の間にリンクが確立し、寄生体は犠牲者の生命エネルギーを奪っていく。この過程で犠牲者はクランツベルク症候群*2を発症し、短期間で死亡する。ちょっと血をもらうだけだと思っていたら、自分の行為が大勢の人を死に追いやっていると知って衝撃を受けるマリ。だが吸血が途切れようものなら寄生体は宿主自身の脳を食い荒らすので、やめるわけにはいかない。なお寄生される見返りとして吸血鬼はクランツベルク症候群に耐性を得るので、血さえ吸っていれば魔術が使い放題だという強力な長所がある。
 一方、英国では二人の強大な吸血鬼が水面下の抗争を続けていた。一人はジョージ老と呼ばれる財界の大物、もう一人はベイジルといってランドリーの文書管理室に勤める古参の職員だ。ベイジルは正体を隠しながら長年ランドリーで働いているのだが、灯台もと暗しとはよく言ったものだ。
 マリたちはベイジルの手駒であり、彼女たちの吸血鬼化もランドリー入りもベイジルの差し金によるものだった。すなわち吸血鬼の存在をランドリーに気づかせ、ジョージ老の潜在的な敵たらしめることによって彼を追いこもうという策略だ。ベイジルが雇った吸血鬼ハンターがマリの仲間を次々と殺害し、切羽詰まったジョージ老は先手を打つことにする。
 死闘の末にベイジルを斃したボブ。その頃ジョージ老がランドリーを襲撃していた。彼はランドリーの職員を次々となぎ倒していき、ボブのよき先輩として1巻からレギュラーキャラだったアンディもあえない最期を遂げる。しかしランドリー側も幹部はさすがに強く、監査官のジュディス=キャロル博士は自らの命と引き換えにジョージ老の外套の防弾機能を破壊した上、彼の片腕を黒焦げにする。そして最後に立ちはだかったのはアングルトンだった。
 アングルトンはボブの上司にして師匠だ。『残虐行為記録保管所』を読んだことがある方はその老獪な姿を覚えておられるかもしれない。彼の正体は〈喰魂者〉と呼ばれる上級妖魔だった。私は冗談でアングルトンをランドリーの妖怪爺と呼んでいたのだが、まさか本当にそうだったとは思わなんだ。
「さあ来い、ジョージ!」
 アングルトンの声はぞっとするほど冷たかったという者もいれば、朗らかですらあったと証言する者もいる。いずれにせよ、異次元妖怪と大吸血鬼の壮絶な戦いは相打ちとなって終わった。アングルトン、享年102(もしくは不生不滅)。遺族は弟子が一人――黙祷。
 ベイジルを片づけたボブがランドリーに駆けつけた頃には一切が終わっていた。アングルトンとジョージ老の戦いの場となった部屋は魔力で汚染され、遺体の回収すらままならない有様だ。ボブは蹌踉として帰宅するが、そこへモオも帰ってきた。ボブとマリが一緒にいるところを見て誤解したモオは愛用の殺人ヴァイオリン〈レクター〉を構える。なんとかマリを立ち去らせたボブはヴァイオリンを処分するようモオの説得を試みるが、拒まれて別居を余儀なくされる。
 師匠を失い、家庭生活は破綻して散々なボブ。一方では喰魂者の能力をアングルトンから継承し、だいぶ人外に近づきつつある。ちなみに次巻の予告をしておくと、いよいよ黄衣の王が出てくる。

*1:禁断の黙示録 - 新・凡々ブログ

*2:前頭葉に微細な空泡が生じる疾患。魔術を多用すると罹りやすい。脳の中に極小の妖魔が顕現することが原因だとされる。