新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ランドリー・悪夢の積層

 〈ランドリー〉シリーズの7巻はThe Nightmare Stacksだ。私なりに邦題をつけるとしたら「悪夢の積層」だが、あるいは「俺のエルフ耳の彼女が地球侵略を企てているんだが」のほうがいいかもしれない。
 〈ランドリー〉は異次元の魔神に対抗するために英国政府が設立した秘密機関、主人公のボブ=ハワードはそこに勤める諜報員――だが、今回も出番がない。彼はすでに相当な強キャラであり、レベルが上がりすぎて作者が扱いづらいということかもしれないが、代わりに主役を務めるのは新米諜報員のアレックス=シュワルツだ。
 アレックスはThe Rhesus Chart*1でマリ=マーフィーと一緒に銀行から転職してきた吸血鬼の一人だ。ほとんどの仲間は吸血鬼ハンターに殺されてしまったが、アレックスは辛くも生き残り、いまもランドリーで働いている。吸血鬼が生命を維持するのに必要な人間の生き血を調達できるのはランドリーだけであり、他に行き場所がないのだ。
 その頃、とある異世界が旧支配者の眷属によって滅ぼされつつあった。その世界を支配しているのは人類がエルフと呼ぶ知的生命体で、明星帝国なる国家を築いている。明星帝国では科学の代わりに魔法が発達し、下位者は上位者に呪縛されて一切の反抗が許されないという完全な階級社会だった。
 明星帝国の民は地下に逃れ、人工冬眠によって露命をつなごうとしていたが、それにも限界があった。もはや滅亡は不可避と判断した総帥*2は新たな生存圏を求めて他の世界への侵攻を決定する。かくして私たちの住む世界にエルフが攻めてくることになり、その尖兵を務めるのは総帥の娘である帝国の次席間諜だった。娘とはいうものの、親子の情愛は皆無だ。なお彼女の母親はすでに粛清され、故人となっている。彼女自身も総帥の寵姫から憎悪され、いつ亡き者にされるとも知れなかった。しかし次席間諜の献策は総帥に採用され、首席間諜に昇進した彼女はキャシーという人間の娘になりすまして英国のリーズに現れた。一方リーズにはアレックスの実家があり、出会った二人は何だかんだで付き合うことになる。
 エルフの侵攻が始まってリーズは戦場となったが、英軍は本土決戦に備えてバジリスク銃を配備していた。生体中の炭素元素を珪素に置換してしまうという恐るべき兵器で、いったん敵の姿形を学習した後はCCDカメラによる自動判別で片端から掃討していくという仕組みになっている。だが対邪神戦を想定していたため、敵の外見が人間にきわめて似通っているときは味方と識別できないという重大な欠点があった。折しもリーズではコンベンションが開催されている最中で、罪もない大勢のオタクが誤認によって石化光線を浴びることになるのだった。前作ではロイヤル=アルバート=ホールの観客が犠牲になっていたが、ある意味では公平に災厄が降りかかっているといえそうだ。
 いまや大英帝国の命運は風前の灯火かと思いきや、明星帝国の兵力は侵攻開始の時点で数千まで減少していた。竜を使役し、魔法を駆使する手強い敵ではあるが、兵力としては一個旅団に満たない。英軍の空爆によって総帥は戦死する。また総帥の寵姫である航空部隊の司令官も死んだため、生き残ったものの中で最上位のキャシーが新しい総帥ということになった。キャシーはさっそく英国に降伏し、国連条約に基づいて難民の地位を申請するのだった。
 いよいよ戦争が始まったが、黄衣の王がロンドンに降臨しかけた前作に比べると比較的おとなしめだ。ところで人類は明星帝国に逆侵攻しないのかと思われるかもしれないが、旧支配者の眷属が跳梁跋扈する荒廃した地と化しているため、占領する価値はゼロを通り越してマイナスである。だからこそキャシーも祖国に引き返すのを諦め、異世界で難民になる道を選んだわけだ。

*1:ランドリー・鮮血の図譜 - 新・凡々ブログ

*2:元々は辺境の方面軍司令官に過ぎなかったが、上位者がすべて死亡してしまったため繰り上がりで総帥の座に就いた。