禁断の黙示録
〈ランドリー〉シリーズの4冊目に当たるのがThe Apocalypse Codex だ。作者であるチャールズ=ストロスのブログによると、前作のThe Fuller Memorandum から約9カ月後に起きた事件の話だという。*1このシリーズはクトゥルー神話とサイバーパンクを融合させたとよくいわれるが、巻が進むにつれてダークファンタジーへと移行しつつあるように思われる。
1作目の『残虐行為記録保管所』から10年近く経ち、ボブは奥さんのモオと一緒に暮らしている。夫婦仲はいいが、子供はいない。公務員の薄給では生活に余裕がないという理由もあるが、旧支配者の復活が目前に迫った世界で子供が生まれても無惨な運命が待っているだけだと二人とも考えているのだ。友達から懐妊の報せを聞いたモオが複雑な表情を顔に浮かべる場面が物語の序盤にある。
ボブは管理職に昇進した。軍人でいえば佐官級以上に相当するらしいが、上司からは「ランドリーの管理職の仕事は98%が普通のマネージメント業務だ。残りの2%は、噴火口の上で救助網なしの綱渡りをするようなものだよ」などといわれている。案の定、厄介な仕事が舞いこんできた。
米国のテレビ伝道師レイモンド=シラーが英国首相に取り入ろうとしているらしい。ピンキーが持たせてくれた石化光線発射装置つきのデジカメとともにボブは渡米し、シラーの正体を探ることになった。ボブと一緒に仕事をすることになったのはパーセフォン=ハザードという魔女、そして彼女の助手であるジョニー=マクタビッシュだ。
シラーの教団はキリスト教原理主義と見せかけて旧支配者を崇拝し、教団員は身体に妖蛆を寄生させていた。彼らの使っている聖書には「エノクの黙示録」なる章が付け加えられており、終末の時の到来を人為的に早めることが彼らの目的だ。教団のやり口は非道そのもので、神に仕える戦士を産ませるために女性を拉致しては無理やり妊娠させているほどだった。犠牲となった女性にパーセフォンはいう。
「約束するわ。こんなことは私が終わらせる」
クールな魔女に見えたパーセフォンも実は熱い心の持ち主だったのだ。そんな彼女とジョニーのもとに駆けつけてきたのは、上層部の帰国命令を無視して米国に残ったボブだった。どうして早く帰らなかったのだとパーセフォンにいわれて、ボブは答える。
「俺の趣味さ。仲間は見捨てないことにしてるんだ」
一方、ランドリーの本部でも対策の協議が行われていた。いざとなったらボブを切り捨てざるをえないという方針が示されたとき、アングルトンが発言する。
「確かに彼は便利だ。だが便利だというのはな、使い捨てていいということじゃないんだぞ」
ランドリーの妖怪爺とも思えぬ熱い言葉だ。格好いいセリフが連発され、このくだりは圧巻である。なお米国の〈機密室〉もランドリーに協力しているのだが、こいつらは人を人とも思わぬ連中であり、同盟国の機関だといっても信用ならない。
シラーはコロラドスプリングスの巨大教会に信者を集め、旧支配者招喚の儀式を決行しようとしていた。コロラドスプリングスは大雪で封鎖されており、援軍が来てくれることは期待できない。ボブたちはたった3人で決戦に臨むのだった。
事件が解決し、ボブがランドリーの中枢に迎え入れられるところで、この巻は終わっている。もうボブはあたふたしてばかりの新米ではなく、立派なエージェントだ。しかも死霊を使役する能力まで得ていたりする。強いヒーローによる一人称では話が白けるおそれがあるはずだが、その点ストロスの仕事ぶりはさすがに巧みだった。
The Apocalypse Codex (A Laundry Files Novel)
- 作者: Charles Stross
- 出版社/メーカー: Ace
- 発売日: 2013/06/01
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