新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

一次大戦中のアヴェロワーニュ

 ブライアン=マクノートンに"Mud"というクトゥルー神話短編がある。第一次世界大戦中のフランスを舞台にした作品で、ケイオシアム社のアンソロジーSong of Cthulhu に収録されている。

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)

Song of Cthulhu: Tales of Spheres Beyond Sound (Call of Cthulhu Fiction)

  • 発売日: 2001/07/01
  • メディア: ペーパーバック
 主人公のミラー軍曹はチェリストだったが、現在は英陸軍の下士官としてアヴェロワーニュにいる。降伏しようとしたドイツ軍の将校を問答無用で射殺するなど荒んでいるが、部下からの信頼は厚いようだ。
 塹壕の中からドイツ軍と戦い続けるうちに、血の混じった泥濘こそが真の敵だという考えに取り憑かれていくミラー軍曹。負傷兵を後方に搬送することになった彼が道を逸れると、そこにあったのは廃墟と化した教会だった。
 教会にはドイツ軍の一隊がいた。戦闘が始まり、英軍が勝利を収める。どうやらドイツ軍は教会で何かを探索していたようだった。ミラー軍曹は一管の笛を見つける。キリスト教の教会と見えたものは、シュブ=ニグラスを祀る神殿だったのだ。
 軍曹が試しに笛を吹いてみると、異様な音がした。コレッリの「ラ・フォリア」に似ていなくもないが、もっと不気味な調べだ。そして命を持ったかのように動き出した泥が襲いかかってきた。戦友はすべて泥に呑みこまれてしまい、生き残ったのは軍曹だけだった。
 それから20年以上の歳月が経ち、軍曹は元通り楽団で働いていた。あの奇怪な笛は行方知れずのままだったが、結局ドイツ軍が回収に成功したのかもしれないと彼は思い、ドイツ帝国が崩壊して新たにヒトラーが現れたことに不気味な符号を感じるのだった。
 すでに第二次世界大戦が始まっていた。ドイツ空軍がロンドンを空襲し、楽団員たちも公演を中断して防空壕に避難する。客演していた世界的なヴァイオリニスト・クライスラーがミラーに話しかけてきた。
「空襲警報に変な和音が混じっていたのに気づきましたか? 『ラ・フォリア』に似ていますが、ちょっと違いましたね――」
 そういうと、彼はその旋律を自分のヴァイオリンで弾いてみせようとしたが、ミラーは発作的に妨害した。一次大戦の英雄ということで多少のことは大目に見てもらっていたが、クライスラー氏のストラディヴァリウスを叩き壊してしまったのは取り返しがつかないよな――とミラーが独りごちているところで物語は終わる。
 一次大戦中のアヴェロワーニュを舞台としたマクノートンの作品としては他に"The Return of the Colossus"があり、これは復活したイルーニュの巨人を英軍が兵器として利用しようとするという話だ。*1ただし20世紀のアヴェロワーニュに言及した作家は実はマクノートンだけではなく、不可解なほど保存状態が良好な遺体(複数)がフォースフラム城の地下室で発見されたとラヴクラフト&ヒールドの「永劫より」に書いてあったりする。