新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

丸い塔

 北米の先住民族が旧神の印を使ってツァトゥグアの落とし子を封印したという短い文章をラヴクラフトは残しており、それを基にしてダーレスが書いたのが『暗黒の儀式』だ。5万語のうち4万8800語までをダーレスが書いた作品だが、少なくとも第1部と第2部のテーマはラヴクラフトに由来するものといえるだろう。だが『暗黒の儀式』は第3部でいきなりヨグ=ソトースの話になってしまい、そのため木に竹を接いだような不自然さが生じているのだとロバート=プライスは指摘している。
 ツァトゥグアの落とし子という当初のテーマに忠実な内容でプライス博士が『暗黒の儀式』の第3部を書き直したのが"The Round Tower"だ。初出はVollmond の第3号(1990年秋季号)で、その後ケイオシアムのThe Dunwich Cycle に収録された。現在はBlasphemies & Revelations で読むことができる。

Blasphemies & Revelations

Blasphemies & Revelations

 『暗黒の儀式』の本来の第3部で活躍するセネカ=ラファム博士は"The Round Tower"には影も形も見せないが、アンブローズ=デュワートの身に生じた異変のことでスティーヴン=ベイツがミスカトニック大学の学者に相談しに行くという展開自体はダーレスの原作と同じだ。"The Round Tower"でベイツの相談を受けるのはミスカトニック大学図書館の元館長アーミティッジ=ハーパー博士である。なおラファム博士の助手だったウィンフィールド=フィリップスが「悪魔と結びし者の魂」に登場するが、おそらくプライス博士の作品におけるウィンフィールドはビリントンの森の怪異を経験していないということになるだろう。
 自分が目撃したもののことをハーパー博士に語った後でベイツは原作と同様に失踪するのだが、関与しているのはヨグ=ソトースではなくツァトゥグアの落とし子だ。デュワートの肉体を乗っ取ったリチャード=ビリントンが魔法以外の方法で攻撃を加えてくることを警戒したハーパー博士は大学当局に依頼し、自分のオフィスがあるミスカトニック大学図書館を番犬で守ってもらうことにする。果たせるかな、デュワートの手先であるレム=ウェイトリーという青年が宵闇に紛れてハーパー博士を襲撃しにきたが、番犬がいたために彼は取り押さえられた。この成果により、その後ずっと図書館は番犬に守られることになる。そして4年後の1928年にウィルバー=ウェイトリーが図書館から『ネクロノミコン』を盗み出そうとしたときにも彼らは大活躍したというわけだ。
 ツァトゥグアの落とし子に関する伝承をビショップ夫人から聞くためにハーパー博士は自らダニッチへと出かけていく。ダニッチの住民はツァトゥグアの末裔なのだと語るビショップ夫人の手には水かきがあった。夫人のもとを辞去したハーパー博士をアーカムに帰すまいとダニッチの住民が集まってくるが、博士は旧神の印を使って窮地を切り抜ける。博士はオフィスの天窓にも旧神の印を描き、空からの攻撃に備えていた。
 リチャード=ビリントンがツァトゥグアの眷属を招喚するのに使う塔が立っている場所は元々は川に取り巻かれた小島だった。その川の流れを決して絶やしてはならないというアリヤ=ビリントンの遺言に注目したハーパー博士は、流水が封印として機能するのではないかと考える。博士は級友の学部長を介してミスカトニック大学出身の州知事に会い、いまや干上がっている川に再び水を流すための工事を行わせた。余談だが、物語の舞台となっている1924年当時のマサチューセッツ州で実際に知事を務めていたのは共和党のチャニング=H=コックスという人だった。もちろんミスカトニック大学は出ておらず、ダートマス大学ハーバード大学大学院の卒業生だ。
 ある日、ハーパー博士のオフィスに空からスティーヴン=ベイツの死体が降ってきた。しかし工事は完成し、博士は警官隊を引き連れてダニッチに乗りこんでいく。ダニッチの住民が塔の周りに集う中で、クアミスを伴ったリチャード=ビリントンはツァトゥグアの落とし子を招喚するが、落とし子は出現したきり動こうとはしなかった。流水が結界を構成し、その外側に落とし子が出ることを拒んでいたのだ。
 いち早く異変に気づいたクアミスはその場を逃れ、夜の闇の中に消えていった。生贄を手に入れてからでないと帰らない落とし子はビリントンをとらえ、その魂を吸い取ってしまう。後にはアンブローズ=デュワートの肉体が無傷で残されていた。憑依していた先祖の魂を落とし子に吸い出してもらったおかげで正気を回復したデュワートは英国に渡り、ダニッチでツァトゥグアを崇拝していた者たちは一斉検挙されて収容所に送られる。だがクアミスの行方は杳として知れなかった。
 ……という話である。ベイツは非業の最期を遂げたが、その運命は原作とは異なっている。またデュワートが助かるのも大きな違いだ。ビショップ夫人は原作より存在感が大きいが、彼女がどうなったかというと実はまだダニッチにいるのです。