ラヴクラフト&ダーレスの『暗黒の儀式』の第3部でセネカ=ラファム博士が助手のウィンフィールド=フィリップスに語る言葉はトーマス=クーンの『科学革命の構造』を先取りしたものだったとロバート=プライスが指摘している。
Seneca Lapham on Scientific Paradigm Revolutions
従兄弟の様子がおかしいと相談するためにスティーヴン=ベイツがラファム博士の研究室を訪れる。フィリップスにとってベイツの話は荒唐無稽なものだったが、こういう時は自己の認識を根本から改めなければならないとラファム博士はフィリップスを諭す。すなわちパラダイムシフトが必要なのだというわけである。プライス博士の言葉を以下に引用しよう。
『暗黒の儀式』におけるセネカ=ラファムの理論と、『科学革命の構造』におけるトーマス=クーンのそれに顕著な類似点があっても、それぞれの探求の結果は著しくかけ離れたものである。結局のところ、クーンが扱っているのが現実の科学的研究であるのに対し、セネカ=ラファムの口を借りて語っているダーレスはおもしろい小説を書いているだけなのだ。物語の流れ上、パラダイムとモデルに関するあれこれは迫真性を演出するための舞台装置でしかない。ラファムという登場人物が旧支配者の実在を論じていても、ダーレス本人は決して信じてなどいない。
(中略)
だが、セネカ=ラファムという架空の人類学者が自己の主張を力説するときの流儀はまことに科学的であり、クーンの『科学的革命の構造』に24年も先んじるものであったと思わせるような場面をどう演出すればよいのかを心得ていたダーレスは間違いなくあっぱれである。
『暗黒の儀式』はラヴクラフトの断章を基にしているが、第1部と第2部がツァトゥグアの話をしているのに、第3部でいきなりヨグ=ソトースが出てくる。そのため木に竹を接いだような不自然さが生じているとプライスは批判し、自分で第3部を書き直してしまった。*1だが、ダーレスによる第3部をまったく評価していなかったというわけでもないようだ。
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*1:プライスによる新しい第3部は"The Round Tower"という題名でThe Dunwich Cycle に収録されている。