クトゥルーの館
昨日の記事でブライアン=ラムレイのクトゥルー神話短編集The House of Cthulhu を紹介したが、表題作は魔術師テフ=アツトによる記録という体裁をとり、海賊王ザー=トゥーレがルルイエを征服しようとした顛末を語っている。
「略奪者の中の略奪者」と怖れられている海賊王ザー=トゥーレは手下どもを率いて銀の都ヤト=ハールを蹂躙し、老神官ヴォス=ヴェームを捕えて拷問にかけた。アーライエこそは暗黒神クトゥルーの眠る都であり、クトゥルーの館へと至る門は我が兄弟ハス=ヴェームが守護していると述べてヴォス=ヴェームは絶命した。そこでザー=トゥーレはアーライエの財宝を手に入れるべく、艦隊を率いて出発する。
ザー=トゥーレと手下たちがアーライエに上陸すると、灰色の黴に覆われた老人がいた。ハス=ヴェームだ。クトゥルーの館の門を開けるには魔法の言葉が必要だが、その言葉を唱えるわけにはいかないとハス=ヴェームはいう。ザー=トゥーレは手下に命じてハス=ヴェームを縛らせ、ヴォス=ヴェームと同じように拷問することにした。クシュ=ハドという男がハス=ヴェームを捕えて縛り上げるが、その後しばらくして彼に異変が起きた。ハス=ヴェームに触れた手をしきりに見つめたり擦ったりしていたクシュ=ハドはその手をいきなり焚火の中に突っこんで焼き、さらに「不浄だ、不浄だ、不浄だ!」と叫びながら走り出して地割れに身を投じたのだ。クシュ=ハドの後を追っていった男たちは引き返し、彼の顔は灰色に染まっていたとザー=トゥーレに報告した。
海賊たちは恐れおののいたが、ザー=トゥーレは彼らを臆病者と叱責し、クシュ=ハドは発狂したに過ぎないといって拷問を始めさせた。ザー=トゥーレの手下たちはおっかなびっくりでハス=ヴェームを拷問するが、老神官は頑として口を割ろうとしない。しかし夜が明ける頃、魔法の言葉を教えるから近寄ってほしいとハス=ヴェームはザー=トゥーレにいった。ザー=トゥーレがいわれたとおりにすると、ハス=ヴェームは彼の顔に唾を吐きかけ、異様な言葉を大声で唱える。そして、ついにクトゥルーの館の門が開いた。
海賊どもは我先に門の中へ雪崩れこんでいくが、魔法の言葉には続きがあった。かつて旧神がクトゥルーを封印したとき、愚かな人間がクトゥルーの館の門を開けたときは再びアーライエが海中に没するよう呪文を残していったとハス=ヴェームはザー=トゥーレに告げる。そしてザー=トゥーレがハス=ヴェームの首を刎ねるよりも早く、老神官はその言葉を唱えた。
島全体が激しく揺れ、門の中から海賊どもの阿鼻叫喚が聞こえてきた。門の向こうに大帝クトゥルーの顔を見たザー=トゥーレは狂乱して逃げ出す。アーライエの水没から辛くも逃げおおせたのはザー=トゥーレ一人だった。大嵐が荒れ狂い、ザー=トゥーレの乗った船を打ち砕く。数日後、かつて海賊王だった男は半死半生で漂流しているところを救助されてクルーンに運ばれた。クルーン市民はザー=トゥーレを地下の穴蔵に住まわせ、彼はそこで食べ物と水を与えられながら寿命が尽きるまで暮らした。テフ=アツトは自らザー=トゥーレの成れの果てを見たことがあるが、彼はすっかり灰色の黴の塊と化していた。彼が身動きしているように見えても、それは彼の体にびっしりと生えた黴が蠢いているに過ぎないのだった……。
どこかで見かけたようなネタがいろいろと混ざっているが、良くも悪くもラムレイらしいお話。ところでThe House of Cthulhu に収録されている古代世界の地図では、ティームドラ大陸の北に氷雪の地とアーライエがあることになっている。しかしアーライエすなわちルルイエの位置が現在と同じだとすれば、ティームドラは南半球にあったことになり、その北にあるのは極地ではなく赤道のはずだ。あるいは現在とは地球の磁極の向きが逆だったのかもしれない。