新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

狼の夜

 ロバート=E=ハワードの"The Night of the Wolf"はケルトの戦士コーマック=マックアートが主役の短編だが、ピクト人が出てくるという点でクトゥルー神話大系との接点がある。
 物語の舞台となるのはゴララという北海の島。元々ゴララに住んでいるピクトの族長ブルラが、島に居着いたバイキングの暴虐に抗議しているところから話は始まる。今日ゴララが何と呼ばれているのかは不明だが、シェトランド諸島にある島ということになっている。
 我々はおまえたちを歓迎してやったのに、おまえたちは我々をたびたび苦しめ、人を人とも思わぬ扱いをしてやるとバイキングをなじるブルラ。ピクトがアメリカ先住民に、バイキングが白人の入植者に重なって見えるが、ハワードがそのように意図したのかは定かでない。
 バイキングの長トールバルトはブルラを嘲笑し、彼の顔にいきなり酒を浴びせた。ブルラは猛り狂って剣を抜くが、酒で目つぶしを食らわされた上に孤立無援、トールバルトの部下に叩き伏せられてしまう。袋だたきにされたブルラをトールバルトは館の外に放り出させ、ピクトなど奴隷にしてやるとうそぶく。
 トールバルトの宴席に連なる面々の中には、正体を隠したコーマック=マックアートも混ざっていた。フルートというデンマークの貴人がトールバルトのもとに囚われているので、その身柄を銀貨500枚で買い取ろうと交渉しに来たのだ。捕虜交換の材料にしたいのだとコーマックは説明するが、彼がウルフヘレの片腕であることをトールバルトは見破っていた。ウルフヘレとトールバルトは不倶戴天の敵同士なのだ。
 捕らえられ、牢屋に放りこまれたコーマック。小柄な戦士たちが忍び足で進撃していくのが牢獄の窓から見えた。ついにピクト人が決起したのだ。館が叫喚であふれかえる中、トールバルトの部下が牢屋に飛びこんできた。手には鍵束を持っている。コーマックを自由の身にする代わり、自分だけ彼に守ってもらおうと考えたのだった。
「もう門は破られた! ピクトが館に侵入してきたぞ――」
 彼がそう喋っている最中に、その喉を切り裂いた者がいた。ブルラだ。普通の人間なら死んでもおかしくないほど痛めつけられたはずなのだが、さすがにピクト人は頑強だった。ブルラはコーマックを殺そうとせず、解放してくれる。敵の敵は味方ということだろう。彼はコーマックにフルートの居場所まで教えてくれた。
 数え切れないほどのピクト人がバイキングを襲っていた。ゴララだけでなく、近隣の島々からも援軍が来ているようだ。コーマックがフルートを救出したとき、ウルフヘレと彼の部下たちが到着した。森を抜けるにはピクト人を斬らなければならなかったとウルフヘレがいうのを聞いて、コーマックは愕然とする。
「何ということをしてくれたのだ……」
 ブルラに会って許しを請う以外に道はない。コーマックはブルラを探し求めるが、彼が見つけたものはトールバルトと相打ちになって息絶えたブルラの姿だった。こうなったら、来た道を決死の覚悟で引き返して船に辿りつくまでだとコーマックはいうが、そのとき入り江が赤々と輝くのが見えた。ピクト人が船を見つけ出して火をかけたのだ。万事休すかと思われたが、不意にコーマックは閃いた。
「みんな、俺についてこい!」
 死体の散乱する森を抜けて反対側の浜辺に出た彼らの前には、1隻だけ無傷のまま残っているトールバルトの船があった。ピクト人が追撃してくるが、コーマックたちは振り切って出航した。トールバルトの部下は一人も生き残れないだろうが、ピクトの側も大きな犠牲を出したはずだ。コーマックは沈痛な思いだった。
「諸君には感謝してもしきれないが」とフルートがいった。「俺は何をすればいい?」
 返事をする代わりにウルフヘレは血染めの戦斧を掲げ、叫んだ。
「全員傾注! デンマークの王トールフィンを讃えよ!」
 フルートと名乗っていた人物の正体は、ライバルと玉座を争って故国を追われた王様だったのだ。ウルフヘレはいった。
「俺たちは流れ者だ。だが、あなたなら俺たちをデンマークの港に迎え入れてくれるだろう」
「そうしてあげたいが」心を打たれた様子でトールフィンはいった。「今は俺自身が亡命者なのだ」
「それも我々がデンマークに上陸するまでのことだ」
 そういったのはコーマックだ。最大の後ろ盾となっていた大貴族が死んだため、現在の王の支配は一瞬で瓦解しかねないほど脆いものとなっていた。ウルフヘレとコーマックが百戦錬磨の同志を率いて急襲すれば、勝機は十二分にある。
「これより新王を玉座に着けるために」ウルフヘレは号令した。「進撃!」
 かなり荒涼とした話で、"Swords of the Northern Sea"との落差に驚かされる。コーマック=マックアートの超人的な力をもってしても戦いは避けられず、彼の友となってくれるはずだったブルラは死んでしまった。新たな戦いの予兆となる結末も昂揚よりは虚無感が際立っている。
 ところで、これはブラン=マク=モーンの時代から何百年も後の話なのだが、ピクト人が侵略と迫害にさらされながらも滅びていなかったことが語られている。そして、さらに何百年も後の話である"The Dark Man"においても、彼らはやはり強靱な姿を見せてくれる。ピクトは不滅なり!