新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

魔道士の書

 ダニエル=ハームズの『エンサイクロペディア・クトゥルフ』で「ティームドラ」の項を見ると「恐竜の時代よりも前に存在した大陸」と書いてあるが、巻末の年表*1ではティームドラの時代は今から2000万年前ということになっている。2000万年前なら恐竜はとっくに絶滅しているはずだが、どちらもブライアン=ラムレイの小説が出所の情報なのでハームズの責任ではない。
 ティームドラを舞台にしたラムレイ作品のひとつが"The Sorcerer's Book"だ。主人公のエクシオール=クムールはフムクアスの都に住み、夢占いをしたり媚薬を売ったりして糊口をしのぎながら一流の魔術師を目指している若者。余談だが、エクシオールはElysia : The Coming of Cthulhu にも登場し、ティームドラ神話とクロウ・サーガをつなげる役割を担っている。
 ある晩エクシオールが見たのは、ティームドラ最高の大魔道士マイラクリオンに自分が弟子入りする夢だった。奇妙なことに、その時ちょうどマイラクリオンは弟子を募集していた。自分ごときがマイラクリオンの弟子になれるわけがないと思っていたエクシオールだが、同じ夢を何度も見るようになって意を決し、マイラクリオンの館に出かけていく。
 マイラクリオンは使い魔の人面大蝙蝠に面接させた後で自らエクシオールに会い、自分のためにひとつ仕事をしてくれたら入門を認めるという。その仕事とは「無名の砂漠」の彼方にある廃都へ行き、そこにある魔道書をとってくること。その書物は昔ある魔道士のものだったのだが、その魔道士が争乱に巻きこまれそうになって大急ぎで立ち去ったとき置き去りにされてしまったのだ。その書を読んだものは最高の魔道士になれるのだとマイラクリオンはエクシオールに告げる。
 エクシオールは何カ月もかけて廃都に辿りつき、書を守っている魔物との知恵比べに勝って目的のものを手に入れる。この書を読む前に旧支配者ムノムクアの力の印で身を護らなければならないと最初のページに書いてあるのを読んだエクシオールはその通りにし、最後まで書を読み通した。読み終えたとき、彼は白髪になっていた。
 エクシオールはマイラクリオンのもとに戻り、彼に書を渡す。しかし、警告の言葉が書いてある最初のページはエクシオールの手で破りとられていた。マイラクリオンが無防備なまま書を読んで破滅すれば、エクシオールが彼に取って代われるだろう。だが、マイラクリオンが何ら疑念を抱いていない様子でページをめくるのを見たエクシオールは良心の呵責に耐えかねて彼を制止する。それでもマイラクリオンは平然と書を読み進め、何事も起こりはしなかった。

君は慈悲の心を示したな。私は人間のそういうところが好きなんだよ、エクシオール=クムール! 君には多くの美点がある。謙虚・正直・勇気──そして智慧と慈悲! 大いに結構だ。それらがなければ成功はおぼつかないのだからな。

 エクシオールが誘惑に駆られながらも良心を失わなかったことをマイラクリオンは褒め、自分の館と財産を彼に与えて最果ての地へと旅立った。マイラクリオンが持っていくものは愛用の杖と例の書だけだ。その書をかつて所有していた魔道士というのはマイラクリオン自身のことであり、そればかりか彼は書の著者でもあった。
 前にも申し上げたようにティームドラ神話はC.A.スミスの影響を強く受けているが、ナミラハやマール=ドウェブといったスミス作品の魔道士たちに比べるとマイラクリオンは大層まともな人物だ。なお『エンサイクロペディア・クトゥルフ』では"The Sorcerer's Book"をムノムクアの初出としているが、本当はリン=カーターの"Something in the Moonlight"のほうが先行している。*2

*1:この年表は最新版では削除されている。

*2:この誤りも最新版では訂正されている。