オーゼイユ街にて
ラヴクラフトの「エーリヒ=ツァンの音楽」から派生したクトゥルー神話作品は多いが、フレッド=チャペルにも"In the Rue d'Auseil"という短編がある。この話の主人公は富豪で、楽器を演奏する自動人形(オートマタ)の蒐集に情熱を傾けている。いま彼が手に入れようとしているのは、18世紀にフランスで制作されたピアノ五重奏団の人形だった。湯水のように金銭を費やしてピアノ・ヴァイオリン・ヴィオラを買い取ることができたのだが、チェロを弾く人形だけが見つからない。
ある日、彼は1枚の写真を見かけた。『白色評論』の1893年4月号に載っていたもので、パリの街角で座っているチェリストが写っている。そのチェリストは人間に見えるが、人間ではない。写真はオーゼイユ街で撮影されたものだった。
「エーリヒ=ツァンの音楽」は実話を基にしているということがS.T.ヨシとロバート=プライスの研究によって明らかになったと主人公は述べているが、これはもちろん仮構だ。チャペルも楽屋落ちを使うらしい。
オーゼイユ街という名前の街は現在のパリには存在しない。主人公は調査にとりかかり、街の名前が変更されたことを突き止めた。なおブライアン=ステイブルフォードも"The Legacy of Erich Zann"で同様の解釈をしている。
かつてオーゼイユ街と呼ばれていた場所に赴いた主人公は、探し求めていたチェリストと対面する。それこそはエーリヒ=ツァンの成れの果てだった。ツァンは一切の生気を失い、音楽を演奏するときだけ甦る存在となっていたのだ。
おそらく、元々あったチェリストの人形は壊れてしまったのだろう。抜け殻のようになったツァンに何者かが塗料を塗って人形らしく仕立て上げ、代わりとしたのだ。ようやく五重奏団が揃ったので主人公は友人を集めて演奏会を催すが、ツァンの魔曲を聴いた人間は一人残らず破滅してしまうのだった。
巨匠ツァンは人形になっていたという不気味で痛ましい話である。チャペルのクトゥルー神話小説としては長編『暗黒神ダゴン』が有名だろうが、それ以外にも"The Adder"や"Remnants"などの短編がある。彼の神話作品には奇妙な風味があり、私は割と好きだ。
- 作者: フレッドチャペル,Fred Chappell,尾之上浩司
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