新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

永き最後の夜

 "The Long Last Night"というクトゥルー神話小説をブライアン=ラムレイが2012年に発表している。クトゥルー復活後の世界を舞台にした話で、新しい邪神も登場する。その名前はBgg'haと綴るのだが、何と発音したらよろしきや。とりあえず「ブッガ」とカタカナ表記しておく。
 大いなるクトゥルーの御世が始まり、彼の眷属が各地に蟠踞していた。ロンドンはブッガの支配下に置かれ、かつてピカデリーサーカスがあった場所には「捩れた塔」がそびえている。この塔は高さ1000メートルはあろうかという超高層の建造物なのだが、一部にビッグベンの残骸が使われているあたりが人類の凋落を物語っている。
 ブッガのお膝元であるロンドンは深きものどもに占領され、半魚人に適した環境への改造が進められている。若い人間の男女を繁殖用に狩り集めて「人間牧場」が作られているなど、非常に嫌な感じだ。ちなみにティンダロスの猟犬も名前だけ出てくる。
 語り手はジュリアン=チャルマーズという男。彼はヘンリー=チャタウェイと一緒に地下鉄のトンネルを歩き、ブッガの住む「捩れた塔」に向かう。ヘンリーはノーベル賞の候補になったこともある高名な物理学者だったが、今は妻と娘の敵を討つことだけが生きがいになっている。ヘンリーには二人の娘がいたが、上の娘は人間牧場から脱走して父親と再会した直後に死去し、17歳になる下の娘は連れ去られたまま行方不明だそうだ。
 ヘンリーが携えているスーツケースには、きわめて強力な新型爆弾が入っている。「捩れた塔」を崩壊させて旧支配者に一矢報いることがヘンリーの目的だったが、実はジュリアンは深きものどもの血を引いていた。待ちかまえていたショゴスがヘンリーに襲いかかり、彼は溶かされてしまうのだった。
 何の救いもない話なのだが、主人公の意外な正体という点では「けがれ」に通じるものがある。またショゴスの細胞が発する燐光が照明として使えるという記述が"Beneath the Moors"と共通しているなど、過去の作品から引き継がれている設定もある。
 「けがれ」や"The Long Last Night"のような作品とラムレイの神話長編の落差には驚かされるが、考えてみればクロウ・サーガも3部以降は地球の様子を伝えていない。クロウたちが異星や幻夢境で冒険している間に、ウィルマース財団の奮闘も虚しく地球はクトゥルーの手に落ちていたなどという裏設定があるのだとしたら意地悪な話だ。
 だがラムレイのクトゥルー神話作品がすべて共通の世界観に基づいているのだとしたら、この後クトゥルーの治世が永遠に続いたというわけではないようだ。"The Sorcerer's Dream"ではクトゥルーは覚醒と封印を何度も繰り返すが、彼が最終的な復活を果たしたときには宇宙はもう冷えきって骸と化し、支配すべきものなど何も残っていなかった――ということになっている。*1この虚無的な終末の光景を見るに、なんだかんだいってラムレイ神話は意外とラヴクラフト的なのかもしれない。