新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

小さな緑の偶像、またはダンセイニの失敗

 将棋に詰将棋があるように、チェスにはチェスプロブレムがあるが、変則的な動きをするコマを使うものを特にフェアリーチェスプロブレムと呼ぶ。ダンセイニ卿が1943年に発表した掌編仕立てのフェアリーチェスプロブレムをチェス研究家のエドワード=ウィンターが紹介している。
Lord Dunsany and Chess by Edward Winter
 ダンセイニがクラブでくつろいでいると、ホワイトという名の知り合いが通りかかって奇妙な体験談を語りはじめた。たまたま入ったチェスクラブで対局することになったが、その勝負がまことに風変わりなものだったというのだ。
「相手の男は私に白番を持たせてくれたんですがね」とホワイト氏はいった。「その代わり、見たこともない緑色のコマを取り出してキングの3列目に置いたんですよ」
 キングの3列目というのは記述式の表記で、代数式でいえばe6のマスにあたる。ホワイト氏は努めて慎重に指し、緑のコマの性能を見極めようとした。ついにわかったのは、それがクイーンとナイトを組み合わせた動き方をするコマだということだった。
 クイーンとナイトを複合させたコマはアマゾンと呼ばれ、中世のチェスでは広く用いられていたそうだ。しかし、あまりにも強力すぎたために廃れてしまい、普通のクイーンを使うチェスが主流になった。それなりに由緒があるわけだが、アマゾンのように強力なコマを片方だけが持つなど、公平な対局とは到底いえない。
 緑のコマすなわちアマゾンの正体をようやく突き止めたとき、ホワイト氏の側にはもう四つのポーンしか残っていなかった。しかし2手でチェックメイトにする手筋が彼には見えていたのだ――というのがリンク先の図の局面であり、ダンセイニの出した問題だ。e6にいる白のポーンを二つ進めてアマゾンに成らせるというのが答え。普通ならクイーンに成るところだが、相手がアマゾンを持っているのだから自分もアマゾンを使えるはずだという理屈だ。いわば相手の武器を利用するわけだが、黒はこれを防ぐことができない。
「あのチェスクラブには二度と行かないでしょう。あそこには何かがある……うん、チェスは16個のコマで指せば充分だと思うんですよ」とホワイト氏が述べて物語は締めくくられる。チェスに興味のない方には退屈かもしれないが、敵の武器を利用した返し技で逆転するというのは格好いい。ちょっと薄気味悪く、ちょっと痛快なお話だ。
 ところで、この問題には実は欠陥がある。黒のキングがh8に逃げればナイトで合駒できるのだ。合駒されても地道に寄せていけば白が勝ちそうだが、読者から指摘を受けたダンセイニはh6のナイトをポーンに変えて問題を修正した。上手の手から水が漏るといったところだろう。『ロリータ』で知られるウラジーミル=ナボコフチェスプロブレム制作の難しさを語ったことがある。