新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

インスマス一斉検挙のその後

 ブライアン=ホッジに"The Same Deep Waters as You"というクトゥルー神話短編がある。この題名は英国のロックバンド・ザ=キュアーの"The Same Deep Water as You"をもじったものらしいが、1928年の一斉検挙で逮捕されたインスマスの住民がその後どうなったかが語られている作品だ。
 主人公のケリー=ラリマーはAnimal Whispererといって、動物との意思の疎通が専門だ。夫と離婚し、ディスカバリーチャンネルの人気番組に出演しながら娘のタビーと二人で暮らしている。ある日、国土安全保障省に呼び出された彼女はダニエル=エスコヴェード大佐から協力を要請された。
 ケリーの任務とは、収容所にいるインスマスの元住民から情報を得ることだった。ブライアン=マクノートンの"The Doom That Came to Innsmouth"では、人権問題になることを怖れた米国政府がインスマス人を釈放していたが、ホッジの作品では21世紀までずっと囚われの身だったことになっている。収容所で生き続けるうちに彼らはすっかり変貌して深きものどもと化し、その存在は大統領ですら知らないほどの機密事項になっていた。
 ブループと呼ばれる謎の音波が1997年に観測されたとき、インスマス人は奇妙な振る舞いをしたとエスコヴェード大佐はケリーに説明する。全員がひとつの方向を向き、何かを一心に聴き入っているかのようだったというのだ。またしても同様の行動が見られたため、原因を究明するためにケリーが呼ばれたのだった。
 バーナバス=マーシュという名の個体をケリーは選び、彼との対話を試みる。バーナバスはかのオーベッド=マーシュ船長の孫だったが、彼がケリーに危害を加えようとしていると誤解したエスコヴェード大佐は部下に射殺させてしまった。すると巨大な海魔が現れ、収容所を破壊し尽くす。
 難を免れたケリーはインスマスを訪れる。沖合にある悪魔の暗礁では、解放された深きものどもが泳ぎ回っていた。ケリーは娘を連れてボートに乗り、沖へと漕ぎ出していくのだった……。
 動物と心を通わすことができる主人公が深きものどもに共感するに至るという話。初出は2013年に刊行されたWeirder Shadows Over Innsmouth で、今年Lovecraft's Monsters に再録された。粗筋を書いただけでは大したことがないように思われるかもしれないが、ジョーンズそしてダトロウという大物編集者に認められただけあって雰囲気がいい。またクトゥルーの眷属よりも米国政府のほうが酷薄に見えるあたり、21世紀のクトゥルー神話とでもいうべき趣がある。

悪党どもの荒野 (扶桑社ミステリー)

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Weirder Shadows Over Innsmouth

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