アイドル - 新・凡々ブログ

　スコット＝デイヴィッド＝アニオロフスキに"The Idol"というクトゥルー神話短編がある。
　アイドル歌手のミッキーはマネージャーのサムの反対を押し切ってマサチューセッツ州インスマスを訪れる。インスマスにはミッキーの先祖の墓があった。
　魚顔の人たちがうろつく寂れた町に泊まったミッキーは、先祖伝来だという黄金の神像をサムに見せながら語る。インスマスの人間は海神の眷属であり、歳をとるにつれて変貌していく。いずれはミッキーもそうなるのだと少年の頃に母から聞かされた。最近ついに変貌が始まったみたいなんだ……。
　サムは一笑に付し、ミッキーを連れてインスマスから引き上げる。しかし後日ミッキーのマンションを訪れたサムが見たものは、大きな水槽の中で魚や蟹に囲まれて揺蕩う彼の姿だった。ミッキーはすでに溺死しており、あの黄金の神像が水槽の底に沈んでいた。
　割と単純な話なのだが、ミッキーが本当に深きものどもの血を引いていたのかどうかを曖昧にしたことで余韻が深まっている。また、深きものにも人間にもなりきれなかった少年の哀しみを描いた話という意味では、ブライアン＝ラムレイの「けがれ」に通じるものがあるかもしれない。作者のアニオロフスキは『ラヴクラフトの世界』（青心社）の編者。クトゥルー神話ＴＲＰＧの方面でも有名な人で、『マレウス・モンストロルム』の邦訳がある。