少年探偵団と深きもの
『インスマス年代記』はスティーヴン=ジョーンズが編纂したクトゥルー神話アンソロジーだが、好評を博したため続編としてWeird Shadows Over Innsmouth とWeirder Shadows over Innsmouth が刊行され、三部作になった。この三部作で皆勤賞を獲得したのがキム=ニューマンで、すべての巻で彼の作品を読める。
昨日の記事で"Another Fish Story"の話をしたが、Weirder Shadows over Innsmouth には"Richard Riddle, Boy Detective in 'The Case of the French Spy'"が収録されている。前二作と直接の関連があるわけではないが、世界観の共通する作品だ。
今回の舞台となるのは20世紀初頭の英国、主役は3人の子供たちによって結成された探偵団だ。リーダーのディック、聡明で知的好奇心の旺盛なヴァイオレット、怪物が大好きなアーネスト。彼らが海岸で遊んでいると、キリスト教原理主義者のセルウッド牧師が信者を引き連れて現れた。化石というのは悪魔が人間を惑わすために作った罠だとセルウッドが主張し、せっかくヴァイオレットが見つけたアンモナイトの化石を粉々に砕いてしまう。
このような悪人を野放しにしておくわけにはいかないと考えた探偵団はさっそく調査を開始した。セルウッドは海運で栄えた一族の出身。兄の一家が海難事故で死亡したため彼が遺産を相続したのだが、商売はせずに牧師となり、創造論の布教に熱意を燃やしている。ナポレオン戦争の頃、セルウッドの先祖がフランスの間諜を捕えたという言い伝えが地元にはある。
セルウッドと信者たちが海岸で急に出現したことをディックは思い出す。さえぎるもののない場所なのだから、遠くから近づいてくるのが見えなかったはずがない。セルウッドの館と海岸をつなぐ秘密のトンネルがあるに違いないと考えた探偵団は崖を調べる。果たせるかな、ヴァイオレットが岩肌に蝶番を発見した。
トンネルを通ってセルウッドの館の地下に辿りついた探偵団が見たものは、穴の中に囚われている半魚人の姿だった。フランスの間諜というのは深きもののことで、彼は虜囚の身となったまま100年を過ごしていたのだ。セルウッドは彼にわずかな水を与えて生かし、悪魔の手先として拷問している。
探偵団が物陰から見ていることに気づかないまま拷問を終えたセルウッドは牢獄の扉に鍵をかけて立ち去った。閉じこめられて途方に暮れる子供たち。その時、穴の中から声が聞こえてきた。聞き取りづらいのだが、紛れもない英語だった。
「水を……ください……」
「礼儀正しいじゃない」とヴァイオレットがいった。「アトランティスかリオネスかルルイエの名門の家柄かしら」
アトランティスとリオネスを知っているのは別に不思議ではないが、さらっとルルイエの名前が出てきた。化石の発掘に熱中する前のヴァイオレットは民話や伝承の採集が主な趣味だったそうだが、たいした博識だ。
探偵団から水をもらった深きものは元気になり、穴から出てきた。ヴァイオレットは流暢なフランス語で彼に話しかけてみたが、通じない。結局のところフランス人ではなかったのだ。深きものはお礼をいうなり怪力で牢獄の扉を破り、童話の一節を口ずさんだ。
「あなた『三匹の子豚』をどうして知ってるの?」
「ルースが本を読んでくれた……」
ルースというのはセルウッドの姪に当たる少女だが、両親と一緒に事故で死んでいた。100年も牢屋に閉じこめられている間、彼に優しくしてくれた者もいたのだ。セルウッドと信者たちが戻ってきたが、深きものは圧倒的な力で彼らをなぎ倒し、セルウッドを捕えた。
「おまえ、ルースを殺したな……」
「なぜ知っている?」とセルウッドはわめいた。海難事故と思われていたものはセルウッドによる犯罪であり、彼は財産を横取りするために兄の一家を皆殺しにしたのだ。また、ルースたちが深きものを自由の身にしてやろうとしていたという理由もあった。
「海が教えてくれた、みんな海が教えてくれる」
己の罪を認めたセルウッドを引きずりながら、深きものは海に帰っていった。波間から手を振り、子供たちに別れの挨拶をしている。呆然と彼を見送る探偵団。ヴァイオレットがディックにいった。
「マッチを貸してくれる?」
ヴァイオレットがセルウッドの館を焼き払いに行っている間、ディックとアーネストは浜辺で化石を探していた。小さなアンモナイトが見つかる。セルウッドに砕かれてしまった化石よりは小さいけれど、ヴァイオレットは喜んでくれることだろう……。
というわけで、今回の深きものはいいやつだった。子供たちの姿が生き生きと描写されている魅力的な作品なのだが、それにしてもヴァイオレットが優秀すぎる。
Weirder Shadows Over Innsmouth
- 作者: Stephen Jones
- 出版社/メーカー: Titan Books
- 発売日: 2015/01/27
- メディア: ペーパーバック
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