新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

ジョン=ギブソンなる人物の陳述

 前回の記事でロバート=プライスの"The Strange Fate of Alonzo Typer"を紹介したが、ブライアン=ラムレイも「アロンソタイパーの日記」の後日談を書いている。ウィリアム=ラムレイの作品の続きをブライアン=ラムレイが書いたことになるが、二人のラムレイの間に血縁関係はないそうだ。
 主人公のジョン=ギブソンは25歳。父親は5日前に病死し、母親は長いこと精神病院で暮らしている。彼は財産と爵位を相続する手続きを済ませるため、弁護士のオグルヴィーが来るのを待っているところだった。この物語は、ギブソンの言葉を録音したものという体裁をとっている。
 オグルヴィーはギブソンの屋敷の前で交通事故に遭ってしまい、ギブソンが救助を試みるも虫の息だった。「父上の引き出し……中身を……破棄……」と途切れ途切れに言い残して弁護士は絶命する。
 そこに入っているものを破棄せよとオグルヴィーはいおうとしたのだが、勘違いしたギブソンは引き出しの中身を漁りはじめる。見つかったのは旧神と旧支配者の大戦の様子を彫刻したメダル、アーカムハウスから刊行されたラヴクラフトの作品集や書簡集、そして『水神クタアト』や『無名祭祀書』といった稀覯書などだった。
 ギブソンはメダルに見入り、幼年期を回想する。超時空の牢獄に閉じこめられている夢にうなされ、ようやく眼が覚めたと思っても相変わらず悪夢の中にいるという経験に苦しめられたものだ――シーツをぐしゃぐしゃにして跳ね起きると、パジャマの袖から伸びているのは手ではなく灰緑色の触手だったのだ。
 ギブソンの大おじに当たるヴィクター=ギブソンハイデルベルク大学の教授で、アロンソタイパーと交流があった。「アロンソタイパーの日記」で言及されているVという人物はヴィクターのことではないかとギブソンは推察する。父親の引き出しに入っていたメダルは、ヴィクターがイアン=ホーから持ち帰ったものだった。
 自分と同じ道を歩んではならないとヴィクターはギブソンの父を戒めたのだが、彼は妻と二人でオカルトに耽溺してしまった。その挙句に何が起きたのかを知ったギブソンは精神病院に母親を訪ねる。
「お母さん、僕はお父さんの子ではないのでしょう」
 禁断の地を訪れた彼女が人外のものと交わって生まれたのがギブソンだったのだ。本当の父親が誰なのかは明らかにされていないが、旧支配者ではないにせよ眷属であろうと思われる。道理で牢獄の夢を見るわけだし、自分の腕が触手に変わっているというのも夢ではなく現実だったのだ。
「お母さん、僕にとって人類がなんだというのですか? 僕が人類を害さないとでも思っているのですか? それが僕の本性、僕の運命なのでしょう!」
 ギブソンの母親には必殺の武器があった。邪神の血を引くものを消滅させてしまう七語の呪文だ。自分に退魔の言葉を使わせないでほしいと彼女は息子に懇願する。
「愛しているのですか? これでも愛しているというのですか?」
 音声だけなので具体的なことはわからないが、もうギブソンは化物の姿に変貌していたのだろう。とうとう母親は呪文を叫んだ。病院の職員が駆けつけてきたとき彼女は絶命しており、ギブソンの姿は影も形もなかった。
 悲劇的な物語だが、これは「ダニッチの怪」の変奏と見なせるだろう。異界の子を主人公としたラムレイの神話作品は数多くあるが、真相を知った彼らの反応は悲しみ・怒り・諦念・叛逆など様々だ。大概はギブソンのように運命に押し潰されてしまうのだが、試練を乗り越えて人間らしく生きる者も稀にいる。たとえば東京創元社からもうじき邦訳が刊行される『風神の邪教』のアルマンドラがそうだ。