新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

マーク爺さん

 ダーレスの初期の作品に"Old Mark"という短編があるが、これはラヴクラフトの意見が大きく反映されているという点で興味深い。
 物語の舞台はウェールズのニューポート郊外にあるカーリアン。かつてローマ帝国の第2軍団アウグスタが駐屯し、その際に築かれた要塞が今日まで残っている。語り手はシンクレア氏という人物で、考古学の調査をするためにカーリアンを訪れたところだ。
 シンクレアが到着したのと同じ月、カーリアンではカーソン=フィールディングという人物が死亡していた。フィールディングは高名な考古学者だったが、ローマ時代の遺跡について荒唐無稽な主張を繰り返したために名声が失墜し、死後に出版された著作も異様すぎる内容のせいで発禁処分になっていた。
 フィールディングの論文には、マルクス=ヴィビウス=ガラクニウスというローマ時代の魔術師のことが書いてあった。彼の権勢は相当なもので、今日でもカーリアンでは彼のことを「マーク爺さん」と呼んで、聞き分けのない子供を脅かすのに使うほどだ。彼は招喚した魔物を使い魔として従えていたが、反逆した魔物に殺されてしまった。しかし死してなお彼の力はすさまじく、アンデッドとなって魔物を封印したという。その後、彼の姿を見たものはなかった。
 フィールディングが遺跡の調査を行っていた現場に足を運んだシンクレアは、銀の小さな壷をそこで見つける。壷にはラテン語の言葉が刻印され、誰かの手で封が破られていた。シンクレアは壷をポケットに入れて持ち帰るが、胸に小さな火傷ができていることに後で気づく。そこはシャツ越しに壺と接していた箇所だった。
 その晩からシンクレアは悪夢にうなされるようになり、また近所で殺人事件が起きるようになる。協力してくれる牧師と一緒にシンクレアがフィールディングの著作を調べた結果、壷の中にはマーク爺さんの使い魔が封印されていたらしいということが判明する。フィールディングは不注意にも壷を開けてしまい、第一の犠牲者になったのだった。
 シンクレアは牧師から十字架を借り、フィールディングの書き残した文章に従って再封印の儀式を執り行う。翌日、マーク爺さんが野原を駆けていくところを見たと一人の老婦人が牧師に語った。彼の傍らには黒い影が犬のように付き従っていたということだ。
 というわけで、どうにか儀式は功を奏し、魔物はおとなしくなってくれたようだ。死んでから長いこと経つのに監督責任を放棄しようとしないマーク爺さんはなかなか律儀な人物ではないかと思う。
 ダーレスはこの作品に自信があったらしい。「これまでの最高傑作ではないかという御意見、おっしゃるとおりだと思います」とラヴクラフトも1927年11月29日付の手紙で同意しているが、その後には長々と助言が続いており、彼にローマの話をさせたら止まらないということがよくわかる。
 ダーレスはラヴクラフトの助言に従って原稿を大幅に書き直し、とりわけローマ時代のカーリアンに関する記述はラヴクラフトの手紙からそのまま取り入れている。また壷が火傷を起こすというのもラヴクラフトが提案したことで、この作品はラヴクラフトとダーレスの合作と呼んでもいいかもしれない。しかしラヴクラフトは控えめな姿勢で、あくまでも自分を助言者と見なしていたのだろう。
 "Old Mark"はウィアードテイルズの1929年8月号に掲載された。「マーク爺さん」という題名はいまいち垢抜けていないと思うのだが、これはダーレスの責任ではない。ラヴクラフトがダーレスに宛てて書いた1929年7月20日付の手紙によると、ファーンズワース=ライトが選んだ題名だそうだ。