新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

シンクロニシティとか何とか

 ブライアン=ラムレイに"Synchronicity or Something"という短編がある。1980年代に書かれた作品で、クトゥルー神話TRPGが絡んでくる点が興味深い。たぶんクトゥルー神話作品の範疇に入るだろうと思うのだが、あるいはメタ神話作品と呼ぶべきかもしれない。
 スイスのベルンで開催されたクトゥルー神話TRPGの大会で一人の若者が失踪した。彼の母親は探偵事務所に捜索を依頼し、その事務所に勤めるペインターが仕事を担当することになる。関係があるのかどうかは不明だが、しばらく前にはミラノの大会でも有名なゲーマーが消息を絶っており、またフランスのランスでも大会の最中に行方不明になったものがいた。
 行方不明の青年は実は気ままにほっつき歩いているだけではないかと考えたペインターは、ロンドンで開催される大会で彼を探してみることにした。すると同僚のスレーターが妙なことを言い出す。毎日10マイルずつ直進する何かが人間をさらっていると考えれば、ミラノ・ベルン・ランスの失踪事件の説明がつくというのだ。ラヴクラフトというよりはチャールズ=フォートみたいな話だが、その仮説が正しければ次はロンドンで事件が起きるはずだった。
 スレーターは少々おかしいと思いながらロンドンへ出かけていったペインターは、会場にたむろするオタクどもがラヴクラフトクトゥルー神話について饒舌に語るのにつきあわされることになる。その手の代物と縁がない彼はげんなりするが、運良く美人記者と知り合うことができた。意気投合した二人はホテルにしけこむ。
 しかし情事を終えたペインターがよくよく見ると、彼女はおよそ美人ではなかった。それどころかゴムの面でもかぶっているような顔だ。思わずペインターの口をついて出た言葉は「売女」だった。
「私は売女(hooker)じゃなくて、ただの鉤(hook)なんだけどね」
 そういうと、彼女はすばやくペインターの背中に手を回した。鉤爪に変形した手が彼の脊椎を破壊し、身動きをとれなくする。通信機とおぼしき装置を彼女は取り出し、話しかけた。
「完了です。リールを巻いてください」
 つまり異次元の何かが本当に人間を釣っており、美人記者と見えたものは釣り針に相当する存在だったという落ち。クトゥルー神話への言及はふんだんにあるものの、怪異の正体が神話存在であるかは定かでなく、それどころか神話存在が実在するとも明言されていない。だからメタ神話作品と呼ぶべきかもしれないと思ったのだが、その辺はあまり厳密に区分しないほうがいいのだろう。
 たわいのない話ではあるが、実在の作家をモデルにした人物がぞろぞろ登場するのが見所だ。ざっと眺めただけでも、J=キャスパー=ランブル(ラムジー=キャンベル)とかエドワード=J=ワグラー(カール=エドワード=ワグナー)といった名前が眼につく。ボブ=プルーストというのはロバート=プライスのことだろう。
 またシンディ=パターソンという大物ゲームデザイナーが出てくるのだが、彼女の元ネタになったのはクトゥルー神話TRPGの生みの親たるサンディ=ピーターセンであるものと思われる。ピーターセンを女体化してしまうとは、地味にいかれた作品だ。