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主にクトゥルー神話のことなど。

すばらしき悪役たち

 ロバート=E=ハワードは魅力的なヒーローを描くのが非常にうまい作家だが、魅力的な悪役を描くことに長けているという点でも特筆に値する。ハワードの作品から何人か思いつくままに挙げていこう。

タルサ=ドゥーム

登場作品 "The Cat and the Skull"
「我を殺そうとは愚かな……我はとうに死んでおるわ!」
 髑髏のような顔を持つ怪人で、ヴァルーシアの大王カルの宿敵だ。神槍のブルールに必殺の一撃を食らってもタルサ=ドゥームは平然として「死者を殺すことなどできない」とうそぶくのだが、それを聞いて「殺せぬはずがなかろう。俺が方法を見つけてやるわ」と言い切るカルがむやみに格好いい。なお、映画『コナン・ザ・グレート』の悪役もタルサ=ドゥームというが、これは名前だけ借りた別のキャラである。

エルリク=ハーン

登場作品 "Lord of the Dead"など
「帝国の威光に徒手空拳で立ち向かう蛮人めが!」
 スティーヴ=ハリソンの宿敵。巨大な犯罪組織の総帥で、チンギス=ハーンの末裔を自称する男。有力な政治家を次々と抹殺し、自分の息のかかった傀儡に置き換えていくという怖ろしい計画を実行する。エルリク=ハーンは自らを帝王と見なし、自分に挑むハリソンを蛮人と呼ぶのだが、帝国こそが打倒すべきものの象徴というハワードの意識が端的に感じられる。またアジア系という設定になっているエルリク=ハーンが文明を代表し、白人であるハリソンの側が野蛮ということになっているのも興味深い。

ナカリ

登場作品 "The Moon of Skulls"
「聞け、ケイン! 我が傍らにてネガリ玉座に就くのだ!」
 アフリカにあるネガリ王国はアトランティス文明の残滓で、その美しき女王がナカリだ。おまえの力があればアトランティスの栄光を甦らせることができるとソロモン=ケインを説き伏せようとし、それを聞いてケインも一瞬だけ心が揺らいだという圧倒的なカリスマの持ち主。これがナカリの美貌に誘惑されかけたということであればケインのキャラが台なしになってしまうが、あくまでも彼女のすさまじい意志の力に押されたということになっているのが心憎く、ハワードのうまさが感じられる。

レイマン大帝

登場作品 "The Shadow of the Vulture"(参照
「余は勇士が好きだ。だが、余の血は安くないぞ」
 この方を悪役と呼ぶことは憚られるかもしれない。実在の人物で、御存じオスマン帝国の皇帝である。叡知と威厳に満ちあふれ、まさしく大君主と呼ぶにふさわしい人物。彼が直々に率いる大軍勢がウィーンを包囲する場面の絶望感はすごいの一語に尽きる。"The Shadow of the Vulture"の主役であるゴットフリート=フォン=カルムバッハは普段はまるっきりダメ人間なのだが、本当は彼もまた英雄であるという設定に説得力があるのはスレイマン大帝という敵役のおかげだろう。
 どの悪役も力と知恵に富み、敵ながらあっぱれな連中だ。悪役が魅力的であるからこそヒーローが輝けるという理論の実践において、ハワードの右に出る者は多くないように思われる。しかし、このすばらしい悪役たちを列挙しながら気づいたのだが、どの作品も未訳のままなのだった。