怪物の徴
ジャック=ウィリアムスンの若い頃の作品に"The Mark of the Monster"という短編がある。初出はウィアードテイルズの1937年5月号。クトゥルー神話小説の範疇には入らないだろうが、ラヴクラフトから強く影響を受けた作品であることをウィリアムスン自身が認めている。*1
主人公はクレイボーン(愛称クレイ)という青年。アジアで貿易の仕事をし、それなりの貯金を作って生まれ故郷のクレストンに帰ったところだ。彼は幼馴染のヴァリンと結婚しようとしているのだが、クレイの養父であるカイル医師はなぜか強く反対していた。
カイル医師はクレイを地下室に連れて行く。そこには怪物が閉じこめられていた。クレイの祖父は魔術師で、自分の娘を邪神に捧げて双子を産ませたのだとカイル医師は説明する。地下室の怪物はクレイの兄弟だったが、これはどう見ても「ダニッチの怪」からの本歌取りである。絶望したクレイは自殺しようとするが、ヴァリンが制止した。
「夜が明けたら村を出て行きましょう。もしかしたら二人で幸せになれるかもしれない。少なくとも一緒にいられるわ――死ぬときも一緒よ!」
これは泣ける。自殺なんかしないとクレイは約束するが、彼の兄弟が地下室から脱出し、ヴァリンをさらっていった。クレイは怪物に追いつき、拳銃を持っていることも忘れて格闘するが、後から駆けつけたカイル医師が怪物を射殺した。邪神の血を引く自分はやはり死ぬしかないのだと思ったクレイはヴァリンに別れを告げるが、彼女は叫んだ。
「まやかしよ、クレイ! ほら、聞いて!」
クレイが耳を澄ますと、コチコチという音が怪物の亡骸から聞こえた。懐中時計の音だが、そんなものを怪物が持っているはずがない。怪物と見えたのは、蝋の仮面をつけた人間だった。ヴァリンに横恋慕していた村の肉屋が着ぐるみで変装していたのだ。邪神の落とし子など作り話に過ぎず、すべてはカイル医師が企てたことだった。茶番を仕組んでまで自分を自殺に追いこもうとするとは、いったい何が狙いだとクレイは養父を問い詰める。
「わしは貧しい暮らしを送ってきた」とカイル医師はいった。「おまえは東洋で財産を作ってきたのだろう。おまえが結婚せずに死ねば、遺産はわしのものだ」
あきれた理由だ。カイル医師はライフル銃でクレイとヴァリンを殺そうとするが、クレイは機先を制して彼を撃つ。そしてクレイとヴァリンは手を取り合って山を下り、クレストンから出て行ったのだった。
「ダニッチの怪」をウィルバー=ウェイトリーの視点から再構成した話かと思いきや、とんでもない落ちがついていた。読者にはさんざん酷評されてしまったし、日の目を見ないほうがいい作品だったとウィリアムスンは恥じ入っている。
なお、ウィリアムスンはC.A.スミスと文通していたが、ラヴクラフトとの親交はなかったようだ。ただしラヴクラフトは1934年4月3日付のロバート=E=ハワード宛書簡でウィリアムスンのことを「将来有望」と評している。
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