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主にクトゥルー神話のことなど。

シモン・マグスとクトゥルー神話

 リチャード=L=ティアニーという作家が米国にいる。クトゥルー界の第三世代を代表する人物と目されがちだが、1936年生まれなので実はブライアン=ラムレイより年上だ。ラムレイもティアニーに敬意を払っているのか、『タイタス・クロウの帰還』でさりげなく彼に言及している。
 ティアニーの神話作品においては、旧神が悪神という特殊な設定になっている。旧神は大宇宙の支配者なので、宇宙が苦しみに満ちているのも旧神のせいだという理屈である。旧支配者は旧神に反抗し、よりよい新たな宇宙を作ろうとしているが、そのためには既存の宇宙をいったん破壊する必要があるので、どのみち人類に救いはない。
 旧神は旧支配者を封印したが、旧支配者もやられてばかりではない。とりわけ最強の旧支配者であるヨグ=ソトースは眷属を率いて反攻を開始し、相当な範囲の宙域を奪還した。ヨグ=ソトースに仕えるのがザール人で、彼らはアンドロメダ銀河を支配しているということになっている。一方、旧神には機械生命体のギャラクティク人が仕えている。
 ティアニーの神話作品はすべて上記の世界観で統一されており、ジョン=タッガートとシモン=マグスの二人が主人公として繰り返し登場する。タッガートは同志のピットやザール人とともに時空を駆け巡りながら旧神の圧制に抵抗し、シモンは紀元1世紀のローマ帝国で活躍する。ケイオシアムから刊行されたScroll of Thoth でシモンの冒険が年代順にまとめられているが、その中身を少し詳しく見てみることにしよう。
 シモンはサマリア人だ。後にグノーシスの開祖として歴史に名を残す人物だが、少年の頃に両親をローマ軍に殺され、自らは奴隷として売られた。このため彼はローマ帝国を激しく憎み、親の仇である軍司令官マクセンティウスをいつか討ち取ってやると心に誓っている。
 剣闘士として生きることになったシモンを救ったのが魔術師ドシテウスだった。普段は良き学究であり師父なのだが、ローマ帝国を憎悪するあまり暗黒面に堕ちてしまうことがある。ドシテウスの弟子がメナンドロス。後にシモンの後を継いでグノーシスの二代目教主となるが、この時点ではまだ子供だ。またドシテウスの使い魔として、異常に知能の高い鴉のカルボがいる。
 何とかして帝国を滅ぼそうと画策するドシテウスは、共和制復活を悲願とする元老員議員ユニウスに接近する。二人は少女ヘレンを生贄として旧支配者を招喚しようとするが、シモンとメナンドロスがヘレンを助け出すべく奮闘し、また土壇場でユニウス議員が改心したため計画は頓挫した。憑き物が落ちたようになったドシテウスをシモンは許してやる。
 シモンはヘレンと恋仲になるが、彼女を後に残してペルシアへ行き、ドシテウスの師ダラモスのもとで研鑽を積む。ダラモスは深きものどもの血をひく異形の人物だが、人類愛に満ちた大賢者だ。クトゥルーの眷属が悪役とは限らないというのがティアニー作品の特徴のひとつであるといえる。
 ローマに戻ってきたシモンが知ったのは、ユニウス議員が謀反人として流刑になったということだった。ヘレンの実父プロディコスが邪悪な目的のためにヘレンを連れ戻そうとする。実は、ハスターに仕える魔神サクテがプロディコスの体を乗っ取っていた。ヘレンはプロディコスの魔手から逃れるために自害するが、ヘレンの妹イリオネは捕われてしまう。ハスターが隕石の形で地球に送りこんできた「種子」をシュブ=ニグラスのもとへ送り届けるのがサクテの狙いだったが、彼はシモンに阻まれて自滅し、生贄にされかけたイリオネも無事に救出される。*1
 ヘレンを喪ったシモンは流浪の旅に出た。途中で彼は事件に巻きこまれ、カール=エドワード=ワグナーの創造したアンチヒーロー・ケインと共闘する。その後シモンはドシテウスのもとに舞い戻り、彼の助けを借りて今度は精神世界を旅する。その顛末が語られている作品はティアニーとロバート=プライスの合作"The Throne of Achamoth"で、これだけScroll of Thoth ではなくThe Azathoth Cycle に収録されている。
 旧神の眷属が守護する天球を次々と突破して至高天に辿りついたシモンが知ったのは、ヘレンが至高神の伴侶エンノイアの化身であるということだった。エンノイアの夢からアカモートすなわちアザトースが生まれ、アザトースが物質界を創造したのだ。物質界に引きずりこまれて囚われたエンノイアを救うため、至高神は自らも物質界に降臨してシモンとなった。これはすべてシモンが見た夢に過ぎないと解釈することも可能だが、ダラモスやドシテウスにいわせると夢ではないそうだ。
 "The Throne of Achamoth"で語られている出来事から何カ月か後、西暦33年の春にシモンはイエス=キリストと出会うことになるが、その話をすると長くなりすぎるので別記事へ譲らせていただこう。

Scroll of Thoth: Tales of Simon Magus & the Great Old Ones

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The Azathoth Cycle: Tales of the Blind Idiot God (Call of Cthulhu Fiction)

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