新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

黒の書の名前

 ロバート=E=ハワードの"Names in the Black Book"は、"Lord of the Dead"の後日談である。掲載される予定だった雑誌が廃刊になってしまった"Lord of the Dead"と違って、こちらはスーパーディテクティブ=ストーリーズの1934年5月号に載った。そのため現在では公有に帰しており、ウィキソースで原文が公開されている。
Names in the Black Book - Wikisource, the free online library
 死んだはずのエルリク=ハーンが生きているとジョアン=ラトゥールがスティーヴ=ハリソンに語るところから物語は始まる。前述したような理由から"Lord of the Dead"が未発表のままだったため、ハリソンとエルリク=ハーンの間にいかなる因縁があるのだろうかと当時の読者は不思議がったそうだ。
 『黒の書』と呼ばれる本をエルリク=ハーンは持っており、その本に彼が名前を書いた人物は必ず殺されることになっていた。なお『黒の書』というのは『無名祭祀書』の別名でもあるが、ここでは何の関係もない。エルリク=ハーンは『黒の書』の1ページをジョアンに送りつけ、それにはジョアンとハリソンの名前が記されていた。
 ジョアンは友人のコーダ=ハーンを呼び寄せた。誇り高く勇猛な戦士である彼は、自分の名誉を傷つけた男を殺害したために指名手配されていたが、命に代えてもジョアンを守ると誓う。ハリソンはジョアンの警護をコーダ=ハーンに任せ、情報屋のところに出かけていく。しかしエルリク=ハーンの部下が薬物を混入したワインを飲んだジョアンは錯乱して戸外に飛び出し、誘拐されてしまう。
 一方、ハリソンも不意打ちを食らって殴り倒され、エルリク=ハーンのもとへと運ばれていた。エルリク=ハーンはアリ=イブン=スレイマンに殺されたはずだったが、アリの刀が斬り飛ばしたのは実はエルリク=ハーンが常にかぶっている鉄兜だったのだ。傷が癒えたエルリク=ハーンは組織を再建し、新たな計画に着手していた。市の要人を次々と暗殺し、自分の息がかかった傀儡と置き換えることによって市政を乗っ取るという恐るべき計画である。もっとも頭部を負傷した後遺症なのか、エルリク=ハーンは前作の余裕を失い、凶悪さが増している。
 エルリク=ハーンと対峙するハリソン。勝ち誇ったエルリク=ハーンは「帝国の威光に徒手空拳で立ち向かう蛮人め!」とハリソンにいう。文明と野蛮の闘争というモチーフが見て取れるが、東洋人のエルリク=ハーンではなくハリソンを野蛮の側に位置づけているのがハワードらしい。凶暴化しているとはいえ、この場面のエルリク=ハーンは帝王の威厳を感じさせて格好いいのだが、敵が魅力的であるほど主役も引き立つのだから心憎い演出だ。
 あわやというところでコーダ=ハーンが駆けつけてきた。ハリソンとコーダ=ハーンは二人で血路を切り開き、ジョアンを助け出してエルリク=ハーンを刺し殺す。3人が脱出した直後、エルリク=ハーンの館は大爆発を起こした。深手を負ったコーダ=ハーンは「私が受けるべき報いですな」と呟いた。爆発があったことを発見した警察の巡視艇が近づいてくる。
「あんたを牢屋には行かせん」とハリソンはいうのだった。