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死者の王

 ロバート=E=ハワードに"Lord of the Dead"という短編がある。スティーヴ=ハリソンを主役とするシリーズのひとつで、ストレンジディテクティブ=ストーリーズの1934年3月号に掲載される予定だったが、同誌は2月号で廃刊になってしまった。そのため、この作品はハワードの死後まで日の目を見ることがなく、現在も公有にはなっていない。The Best of Robert E. Howard の第1巻などに収録されているが、まだ邦訳はない。そこで、ごく簡単に粗筋を紹介させていただこう。
 スティーヴ=ハリソンに率いられた警官隊がオスマン=パシャの賭場に踏みこんだとき、何者かがハリソンを狙撃する。しかし銃弾は逸れ、その場に居合わせたジョセフ=ラトゥールという男に当たった。ジョセフは死に、妹のジョアン=ラトゥールはハリソンを下手人と勘違いして復讐を誓う。
 ジョアンが利用することにしたのは、アリ=イブン=スレイマンという男だった。自分の前世はアミル=アミン=イゼディンという英雄だとアリは信じている。麻薬中毒になったアリにジョアンは暗示をかけ、アミル=アミン=イゼディンを殺害したアフメド=パシャの生まれ変わりがハリソンであると思いこませて彼を付け狙わせた。
 しかしアリは犯罪王エルリク=ハーンの部下でもあった。エルリク=ハーンはチンギス=ハーンの末裔を自称し、暗黒街に一大帝国を築いている恐るべき人物だ。自分の部下をジョアンが勝手に使っていることに立腹したエルリク=ハーンは彼女を拉致し、制裁を加えることにした。
 犯罪界の黒幕を追っていたハリソンはエルリク=ハーンの館に忍びこみ、拷問されていたジョアンを見つけて助け出す。自分が彼のことを誤解していたと知るジョアン。ハリソンはジョアンを連れて脱出しようとするが、エルリク=ハーンの部下に取り囲まれてしまう。戦斧を手に獅子奮迅の戦いぶりを見せるハリソンだったが、とうとう力尽きて倒れた。
 そこにアリ=イブン=スレイマンが現れる。自分の仇を横取りされたと思ったアリは激怒してエルリク=ハーンに襲いかかり、彼の首を斬り飛ばした。館は燃え上がり、大混乱の中でジョアンはハリソンを連れて脱出したのだった。
 この作品では東洋人が悪役ということになっているが、ハワードは敵を醜く愚かな存在には描いていない。むしろ逆で、巨大な犯罪組織の総帥であるエルリク=ハーンは威厳と智謀に満ちた存在なのだ。そこにはフェアプレイの精神が感じられるといってもいいだろう。ハワードらしいと思う。

The Best of Robert E. Howard Volume 1 : The Shadow Kingdom

The Best of Robert E. Howard Volume 1 : The Shadow Kingdom