新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

韃靼の黄金

 昨日までエル=ボラクのシリーズを紹介していたが、アフガニスタンを舞台にした作品をロバート=E=ハワードは他にも書いている。"The Treasures of Tartary"はスリリング=アドベンチャーズの1935年1月号を初出とし、現在はウィキソースで原文が公開されている。なおデルレイの作品集では"Gold from Tartary"という題名になっている。
en.wikisource.org
 主人公はクルド人アリ=エル=ガジーと名乗っているが、その正体はカービー=オドンネルという米国人。エル=ボラクことフランシス=ゼイヴィア=ゴードンに似たキャラだが、正義と平和のために生きるゴードンに比べるとオドンネルのほうが人間くさい。
 オドンネルはシャハラザルの街にいる。シャハラザルの支配者シャイバル=ハーンの宮殿には莫大な財宝があるという噂だった。ホラズムがモンゴルに滅ぼされる直前、王家のものが隠した金銀や宝石をシャイバル=ハーンは見つけ出したのだ。そのお宝を頂戴してやろうというのがオドンネルの狙いだった。
 背の高いトルコ人が路地裏で数人の男に襲われ、応戦しているのをオドンネルは目撃した。襲撃者の中にはオドンネルの仇敵ヤル=アクバルもおり、頭に血が上ったオドンネルは戦いに加わってトルコ人に助太刀する。オドンネルのおかげで命拾いしたトルコ人は「恩に着るぞ」と言い残して姿を消した。
 自分が左手に何かを握っていることにオドンネルは気づいた。それは楕円形をした金の延板で、謎の記号が浮彫になっている。乱闘の最中、敵の一人が首にかけていたのを無意識のうちにもぎ取っていたらしい。オドンネルが情報収集のために娼館へ行くと、そのしるしを見た女郎は恐れおののいて平伏した。どうやらシャイバル=ハーンの腹心の部下であることを証明するものだったようだ。
 シャイバル=ハーンの側近になりすましたオドンネルは堂々と宮殿に入りこんだ。家老のアフメド=パシャがオドンネルを見かけ、客人と面会するシャイバル=ハーンを物陰から警護するよう命令する。やってきた客人は欧州の言語を使い、ホラズムの財宝を軍資金としてペルシアとインドを征服する計画を語った。思慮の浅いシャイバル=ハーンを操り、アジアに大乱を起こそうとしているのだ。
 宮殿にヤル=アクバルが現れ、部下の一人が殺されて宝物殿の管理者のしるしを奪われたとアフメド=パシャに報告した。偽物であることがばれたオドンネルは追いかけ回されるが、ちょうどそのときオーカン=バハドゥルと彼の手下たちがシャハラザルに攻めてきた。オドンネルはどさくさに紛れて宝物殿に辿りつき、一人で財宝を守っていたアフメド=パシャを斃す。
 シャイバル=ハーンとヤル=アクバルも宝物殿にやってくる。もはやシャハラザルは陥落寸前だった。シャイバル=ハーンは民衆に愛想を尽かされていたらしく、内部からオーカン=バハドゥルを手引きしたものがいたのだ。死んでもオーカン=バハドゥルに財宝は渡さぬというシャイバル=ハーン。
「この槓桿を引けば、すべての財宝がたちまち地底の川に落ちるようになっている。どうせ死ぬなら、誰の手にも届かぬところに財宝を送ってやるわい」
 しかし財宝をオーカン=バハドゥルに渡して命乞いをしようと考えていたヤル=アクバルは、背後からシャイバル=ハーンを刺した。裏切りに裏切りを重ねる彼を見て堪忍袋の緒が切れたオドンネルはヤル=アクバルに決闘を挑み、勝利を収める。
 いまやオドンネルの前には財宝の山があるが、それを隠したり持ち出したりする余裕はなかった。オーカン=バハドゥルが財宝を手に入れれば、シャイバル=ハーンと同じことを企てるかもしれない。そんなことになれば、大勢の人々が戦乱に苦しむだろう。意を決したオドンネルは槓桿を引き、ホラズムの財宝は遙かな地底へと落下していった。
 シャハラザルは占領されたが、オドンネルに手出しをするものはいなかった。彼が路地裏で助けたトルコ人こそはオーカン=バハドゥルに他ならなかったのだ。ホラズムの財宝が見つかったら分け前をやるぞとオーカン=バハドゥルは上機嫌でオドンネルに約束する。それを聞いたオドンネルは「見つかるものならな」と心の中で呟いたのだった。
 ……という話だ。オドンネルにとっては一文の得にもならなかったが、アジアの平和は守られた。宝物に眼がないオドンネルだが、その彼がクライマックスで私利私欲よりも大義を優先させる姿が格好いい。完璧超人のエル=ボラクよりも親しみが持てるキャラかもしれない。