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ヨス=トラゴン随想

 アーカムハウスラヴクラフト書簡集第4巻には1932年4月4日付のC.A.スミス宛書簡が収録されているが、その冒頭にはヨス=トラゴンへの言及がある。

Yoth-Tlaggon ―at the Crimson Spring
Hour of the Amorphous Reflection

 この"Crimson Spring"はどう訳したらよろしきや。ラヴクラフトが"Crimson Spring"に言及した例が他に見つからないので、文脈から推測するということができない。
 springの意味としてまず思いつくのは「春」「泉」「ばね」だろう。この三つの中から適当に選べといわれたとして、私なら2番目にする。すなわち「真紅の泉」だ。あるいは「真紅なる源泉」としてもいいかもしれない。

ヨス=トラゴン――真紅の泉にて
不定形なる反射の刻

 拙訳は上記の通りである。1行目が「場所」を、2行目が「時」を記述していることになる。このような「場所」と「時」の組み合わせを出だしとするものは、ラヴクラフトのスミス宛書簡には割とたくさんある。いくつか例を挙げてみよう。

Temple of Azathoth,
That which gibbers mindlessly in Darkness at the
Centre of Ultimate Chaos.
Hour of the Thin Piping of the Daemon Flutes,
in the year of N'gah.(1930年10月17日付)

Deeps of Gba-Ktan, beyond Devil's Reef
off the coast of Innsmouth
Hour of the Nameless Swarming(1931年11月20日付)

From the Ruined Brick
Tower with the Sealed Door.
Hour of the Black, Beating Wings.(1933年12月13日付)

At the Monolith on the Mound-
Hour that the Dogs Howl(1934年2月11日付)

Gateway of the Zhirns- Hour of the Chanting Within.(1934年9月30日付)

Bottomless Chasm of Zhun-
Hour of the Green Shining Below.(1934年10月28日付)

 もちろん「泉」以外にもspringの訳し方はあるが、もしも「春」という意味であるならば、前置詞はatではなくinになるように思われる。もっとも季節を表わす語の前に必ずinが来るかというと例外も存在し、ロバート=ブラウニングの「ピパの歌」には"The year's at the spring"とある。また、ラヴクラフトなら前置詞の使い方も常に厳密なはずというのも実は予断なのだろう。「The Dream-Quest of Unknown Kadathという題名からは、カダスという名前の人物が探求の旅に出かけるような印象を受ける。前置詞としてはofよりもforの方が適切ではないか」という指摘をニュースグループで見かけたことがある。
 さすがに「ばね」は有り得ないだろうと思ったのだが、これはこれでおもしろい。「真紅の撥条」という言葉からは、何やら禍々しいイメージを喚起させられる。ラヴクラフトは多義的な単語をわざと使って、神秘的な雰囲気を増幅させたのかもしれない。