新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

この世の地獄

「1万ドルで地獄に行きませんか?」
 ロバート=ブロックに"Hell on Earth"という中編がある。ウィアードテイルズの1942年3月号に掲載された作品だが、長らく単行本未収録だった。もちろん未訳だ。
 語り手は作家。ロックリン研究所に勤めているフィリップス=キース教授の依頼で、彼の研究の見届け役を務めることになる。その報酬は1万ドル。キース教授の研究とは、魔術を科学的な観点から調査し直すことだった。
 語り手が研究所を訪れると、研究員のリリー=ロス博士が床に魔法円を描き、なにやら呪文を唱えていた。キース教授とロス博士は本気で黒魔術を実践しているのだ。儀式は成功し、防弾ガラス製の檻の中にサタンが現れた。
 招喚には成功したものの、サタンは姿を消そうとしなかった。彼を地獄に追い返す方法を教授たちは探すが、檻の中にいるサタンが3人の精神に影響を及ぼし、悪魔憑きの症状が現れる。まずキース教授が、次いでロス博士がおかしくなってしまい、そのたびに語り手は聖水や十字架で正気に戻すのだった。
 語り手はキース教授とロス博士を休ませ、一人で調査を続ける。他の精霊をサタンに対抗させることを考えついた語り手は四大霊の招喚を試してみた。ノームやサラマンダーが現れて語り手に服従を誓い、有頂天になった彼は儀式に没頭する。本末転倒だが、いつの間にか語り手もサタンに操られていたのだった。
 語り手はキース教授とロス博士を呼び、この力があれば地上を支配できると語る。教授たちを拳銃で脅しながら、サタンを檻から解放しようとする語り手。ロス博士は語り手を制止しようとする。語り手は思わず拳銃の引金を引いてしまうが、彼が撃ったのは自分自身の頭だった。
 幸運にも銃弾は脳をそれる。語り手が意識を取り戻すと、サタンも四大霊もいなくなっていた。サタンというのは、この地上に存在する「悪の力」が具象化したものだったのだ。だが人間には良心というものがあり、絶えず悪の力と争っている。土壇場で君がサタンを拒んだのは、君の良心が勝利したからなんだよ――とキース教授は語るのだった。
 "Hell on Earth"はブロックの初期作品にしては長めだ。ブロック本人の弁によると、それまでに彼が書いた他の作品より2倍も長かったそうだ。ただし長さの割におもしろくなく、何十年も単行本に収録されなかったというのも頷ける。ルートウィヒ=プリンへの言及がある点がクトゥルー神話ファンの興味を惹く程度だろうか。