新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

白蛾

 ダーレスに"The White Moth"という短編がある。
 奥さんのアリスを毒殺したポール=ブレイクという男。彼がアリスの幽霊を目撃するところから物語は始まる。「白い蛾を見たら私のことを思い出してね」と言い残して幽霊は姿を消し、その日からブレイクは白い蛾につきまとわれるようになった。蛾はブレイクにしか見えず、ブレイクの恋人や友達は彼の狼狽する様子を見て怪訝な顔をするばかりだった。
 そしてブレイクは水路に転落して溺死する。生前のブレイクを最後に見た友達は警察官に語った。「彼は奥さんの名を呼び、白い蛾を追いかけながら夜道を走っていったんです。行く手に川があること、彼がまったく泳げないことを忘れていたなんて、悔やまれてなりませんよ」
 これだけの話なのだが、ウィアードテイルズのファーンズワース=ライト編集長が"The White Moth"を没にしたときのラヴクラフトの反応が書簡として残っているので紹介しておこう。ラヴクラフトは次のように語っている――最後に現れてブレイクの破滅をもたらした蛾は、ブレイクだけでなく友人にも見えたことからわかるように、幽霊ではない本物の蛾である。この皮肉の玄妙さを理解できないとはライトも愚かなやつだ。
 なお、ダーレスはこの作品の原稿を書き直さずに少し待ち、何食わぬ顔で再提出したという。今度は受理され、ウィアードテイルズの1933年4月号に掲載されたそうだが、ダーレスはかくも強かな作家であったわけだ。