新・凡々ブログ

主にクトゥルー神話のことなど。

名状しがたき婚約

 ロバート=ブロックのクトゥルー神話小説には未訳のものがいくつかあるが、"The Unspeakable Betrothal"もそのひとつだ。
 エイヴィスは幼い少女。両親はおらず、おじ夫妻と一緒に暮らしている。エイヴィスの部屋には高窓があり、その窓から夜中に影が入ってくる。エイヴィスは影たちと遊ぶのが好きだった。彼女をユゴスに連れて行ってあげようと影たちは約束してくれたが、エイヴィスが窓から身を乗り出しているのを見た大人たちは主治医のクレッグ先生を呼んだ。エイヴィスは夢遊病と診断され、しばらく入院させられる。彼女が退院すると高窓はふさがれており、影たちはもう来なくなってしまった。
 歳月が流れた。エイヴィスは成長し、幼なじみのマーヴィンと婚約する。おじ夫妻は世を去り、エイヴィスは屋敷を相続した。マーヴィンは出征し、いまやエイヴィスは大きな古い屋敷に一人きりで住んでいる。ずっと高窓を塞いでいた板を彼女が取り払うと、また影たちが夜な夜な来てくれるようになった。遠い世界に君が行くには姿を変えなければならない、今のままの姿ではいけないのだと影たちは告げる。それでもエイヴィスは怖くなかった。
 復員してきたマーヴィンはエイヴィスの様子を見てクレッグ先生に相談する。マーヴィンが無理に高窓を閉めようとするとエイヴィスは激しく暴れ、クレッグ先生は彼女に麻酔薬を注射しなければならなかった。いつ何があってもいいように待機しながらクレッグ先生がマーヴィンに語ったのは、エイヴィスがまだ幼い少女だった頃、高窓から身を乗り出しているところを大人たちに見つかった夜のことだった。
「彼女は一体どうやって窓のところまで登ったんだろうね? 足がかりになりそうなものは何もなかったのに」
 まんじりともせずに夜を過ごしていたクレッグ先生とマーヴィンは、エイヴィスの部屋から大きな音がしたのを聞いて階段を駆け上った。二人が部屋に飛びこむと、高窓のガラスが割れていた。
 エイヴィスを見たマーヴィンは息を呑んで身を震わせ、クレッグ先生は悲鳴を上げる。エイヴィスの死顔は安らかだったが、ベッドの上にあったのは彼女の顔だけだった。エイヴィスの体は消え去っていたのだ……。
 この作品の初出はAvon Fantasy Reader の9号(1949年)である。題名は編集部が勝手につけたもので、元々の題が何であったかは覚えていないとブロックは語っていたそうだ。
 ユゴスへの言及があるところからも察しがつくように、エイヴィスのもとを訪れる影たちの正体はミ=ゴだろう。結末がラヴクラフトの「闇に囁くもの」へのオマージュであることは明らかだ。またラヴクラフトの十四行詩「窓」との関連性をロバート=プライスは指摘している。